いつか見る空 | ナノ


コニーと技巧術の講義


睨まれた。
なんだコイツは。めちゃくちゃ顔が怖い。
俺は目の前の人物の迫力に気圧されて思わず後ずさってしまった。





さかのぼる程数十分前、俺は非常に悩んでいた。技巧術の成績が遂に最下位となってしまったのだ。
六種類ある訓練のうち兵法講義と技巧術はあまり得意では無かったが、最下位は流石にまずい。

この状況を打破すべく、俺の天才的な頭脳はとある作戦を考えついた。
次の技巧術の授業で得意な奴のそばでそっくりその真似をすればいいのだ。

確かジャンの奴が悔しいけれど妹のジョゼの方が自分より技巧が得意だとぼやいてた気がする。
あージャンの妹ってどんな奴だっけ...そばでじろじろカンニングしても大丈夫かな...


まぁジャンは顔こそ凶悪だがなかなか話の分かる奴だ。それの妹という事なら心配はいらないだろう...だが念のためこっそり死角から盗み見る事にしよう。





我ながらグットなアイディアだと満足しながら技巧術の教室に向かった。

張り切って早く来すぎたのかまだ人の数はまばらである。

教室をザッと見渡すと、黒板に近い前方にグレーの髪の人物が着席していた。よく見知った馬面の上にのったものに比べるとやや柔らかそうな髪質である。

恐らくこいつがジョゼだ。念のため周辺にいた奴らにも確認をとる。どうやら間違いないらしい。


よし!そうと決まれば早速作業を盗み見やすい斜め後ろの場所をさり気なくキープする。


しかし後ろの席の気配を感じたのかジョゼが俺の方へゆっくりと振り向いた。




...こいつ、顔がめちゃ怖ぇ...。




そして冒頭に戻るのである。

確実に睨まれている。ジャンと似たパーツだが三割増凶悪な目付きだ。

「えーと、こんにちは...いい天気ですね...。」
ちなみに今日は朝からしとどに雨が降っている。混乱のあまり自分が何を言っているのかよく分からない。

そんな俺を見つめるジョゼの視線は相変わらず恐ろしい。末代まで祟られるんじゃなかろうか。


しばらく見つめ合った後、ようやくジョゼが口を開いた。

「...ごめん。真ん前に人がいたら教官の演習見本が見にくいね。」

そう言ってジョゼは教室に端の方に移動して行った。


んん?あんだけ睨んでおきながら声色は随分と穏やかだ。
というかわざわざ移動してくれてる...ってそれじゃあお前をカンニングできないだろうが!!


「いや、大丈夫だから!すっげーよく見える!教官の毛穴までよく見えるからこっち戻ってきてくれ!!」


「...そう?」
戻って来てくれた。一安心だ。


思ったより良い奴らしいが、未だにジョゼの目付きの悪さには慣れない。


「というかせっかく早く教室に来たんだから前の席に来れば良い。」
そう言ってジョゼが自分の隣の席を促した。

流石にその位置からのカンニングは露骨だろう。
しかし何人か人を殺してそうなジョゼの目付きを前に断ることができない。

...正直やましい事を隠し続けれる気がしない。というかこいつが盗み見させてくれる様な隙を作ってくれるのかも疑わしい。
...もういっそ正直に話してしまえ。


「いやー、俺技巧術が不得意だからさ...お前が得意だってジャンに聞いたから参考にさせてもらおうとお前の作業が見やすい位置に席を取ったんだよ...。
何か埋め合わせするからさぁ、ちょこっと見える様にしてくれよ。」

「じゃあ尚更前の席に来るべきだよ。」

そう言って再びジョゼは自分の隣を薦める。こいつ人の話聞いてたのか?


固まっている俺に痺れを切らしたのかジョゼが俺の手を引いて自分の隣に座らせた。

「見てごらんよ。これだけ広い教室だと後ろの方じゃ前で何してるのかさっぱりでしょう?
だけどここの席は特等席で、教官が見本演習をする時の手元が特別よく見えるんだ。
私の作業なんかよりよっぽど良いお手本が見放題だよ。」

特等席なんだから他の皆には秘密にするんだよ。
相変わらず怖い顔だが、どこかいたずらっぽい雰囲気で彼女は耳打ちした。







技巧術の授業はやはり俺には難しかったが、確かにここの席だと随分講義が理解しやすい。

演習の時もジョゼが教官の目を盗んで手伝ってくれた。なんだ、良い奴じゃないか。最初っから素直に教えてくれと頼めば良かったのか。


ジョゼは手先が器用ならしく作業が正確だ。

しかしそれだけでなくかなり努力家らしい。
それはびっしりと書き込まれたノートから伺い知ることができる。

...しかし字が下手だな...このノートまったく読めん。







「お前先に行くなよ。探しちまったじゃないか。」

技巧術の授業後、ジャンがのこのことこちらにやってきた。

「技巧術の時は先に行くって前言ったけど...。」

俺の前に似た顔がふたつ並ぶ。あぁ、でもジョゼの方がいくらか優しい顔かもしれない。
俺の中でジョゼに対する印象は冒頭と180度変わっていた。

「あぁ、流石ジョゼは超優等生様だ。ところで優等生様、ノートを見せてくれたりしませんか?」

「...兄さんまた寝てたのかい...。」

「なぁいいだろう?天才的な技巧術の才能を持つジョゼにだから頼むんだぜぇ?」
ジャンが最高に下卑た笑みを浮かべてジョゼの肩に手をまわす。

「そうやって都合のいい時だけ持ち上げる...」
そう言いつつもジョゼはジャンにノートを渡した。なんだかんだ言ってこの強面の妹は兄に甘いらしい。


「...ん?ジャン、ちょっと待て。お前そのノート読めるのか?」

俺の記憶が正しければジョゼのノートは古代文字なみに難解な記述で覆われていたはずだ。

「は?当たり前だろ?」

ジャンが何言ってんだこいつという顔でこちらを見る。



「...お前等双子は良いコンビだなぁ...。」



俺の発言は窓の外に降る雨音に紛れて消えた。

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