いつか見る空 | ナノ
(if恋人同士)



薄暗い倉庫に一筋の月明かりが差し込む。

膝を抱えてその時を待っていたミカサは、扉の外の相手を確認する事もなくその手を強く掴み、中へと引き込んだ。


「わ」


それは少々間抜けな声を出して胸の中へと収まる。

愛しい存在がすぐ近くにいる事を認識すると、ミカサは抱き締める力を更に強めた。


「ジョゼ.....」


名前を呼んで、首筋に顔を埋める。身長は大体同じ位なので....それは楽に行えた。

深く呼吸して、優しい匂いを体へと取り入れる。こうやって全身が彼女の温かさで満たされたらどんなに幸せか、と考えながら。


「ミカサ....くすぐったいよ」


そう言いながらもジョゼはミカサの頭髪をゆっくりと撫でる。


しばらく二人はそのままで過ごした。

ジョゼはミカサを子供をあやす様に撫で、ミカサはジョゼの胸の内で眼を閉じて。


窓の外では月が滲んで浮かんでいる。

満月ではなかったが、一点の曇りもない冴えた月夜で、ジョゼは思わず倉庫の中から遠くをぼんやりと望む。

そこは見渡す果てもなく一面に銀泥を刷いたように白い光で包まれた得もいわれない絶景であった。


やがてジョゼは「座ろうか....」とミカサに優しく言う。

その言葉に従い、ミカサはジョゼと一緒に倉庫の中に放置されていたマットに腰を下ろした。


鋭い筈のジョゼの表情も、今日は月光に照らされて何処か優しく見える。


最もミカサは、他人が言う様にジョゼの顔を怖いだなんて一度も思った事は無い。

何故ならジョゼが実は控えめで、とても優しい女性だと分かっていたから。

そして、自分と初めての女の子の友達になってくれた....そんな、大好きな...。


―――友情が恋慕に変わるにはそう時間はかからなかった。


どうしても我慢できずにうたた寝をしていたジョゼにキスをして...その時、微かに『今度は起きてる時にちゃんとしてね』と言われたのが始まりで....


それから、時々...時間を見つけて彼女を倉庫に呼び出しては求めている。


二人は、そんな関係にあった。



「......今日、何故私と対人格闘..組んでくれなかったの」

指と指を絡ませながらミカサは尋ねる。

「ミカサと私じゃ実力に差が有り過ぎるもの....」

ジョゼもまたそれを握り返しながら答えた。

「何でよりによってあいつと.....」

「.....兄さんの事かな....。」

「ジョゼはいっつもあれの事ばかり」

「あ、あれ呼ばわり.....」

「私がどんな気持ちで、二人を見ていたか...分かる?」


ミカサはジョゼとの距離を少し縮めた。思わず...ジョゼは逆に後退する。


「でも...私たちは兄妹だよ...?」

ミカサの瞳の中に不穏な影を感じたジョゼが宥める様に言った。

「そんなの関係無い...」

ジョゼとの距離を一気に詰めてミカサが言う。二人の距離は、最早顔が触れ合う程だった。

「いつも一緒にいて、生まれた時から一緒にいて....私が知らないジョゼを沢山知っていて...」

「でも...ミカサだってエレンやアルミンと....」

「話を逸らさないで。」


ミカサは握っていたジョゼの手に力を込め、もう片方の手も同じ様に強く握った。


「ジョゼ、答えて。.....貴方の中で一番大きな存在は何。」


ジョゼはミカサの、月の光も通さない黒い瞳を見つめて...息を呑む。

そして彼女の愛情の深さを思い知って、何故だか涙が零れそうになった。


「私が一番ジョゼを想ってるのに...どうしてジョゼの一番はいつもあいつなの....」


且つて....血が繋がっている兄以外で、自分をここまで想ってくれた人がいただろうか。

皆、この顔が恐ろしいと言って接する前から避けて行く。本当は...私だって、友達が欲しかったのに。


でも....一番だなんて、そんなの...選べないよ、ミカサ....


「ミカサ、私は」

しかしそれを伝える為の言葉は意味を持つ前に消えてしまった。


「ジョゼ。答えはひとつしか受け付けない。たったひとつしか。」

唇を離してからミカサが告げる。ジョゼの両掌を拘束する力は今や痛い程だった。


「でも...ミカサ、」

またしてもそれはミカサによって遮られる。


「ジョゼ」

熱っぽい声がした。ジョゼが再び口を開こうとすれば、声になる前に唇を奪われる。


「......ジョゼ」

深く口付けられた。そう思えば一瞬で済む事もあった。合間合間に名前を呼ばれる。


「ジョゼ、.....ジョゼ。ジョゼ....」


噛み付く様なキスだった。ミカサとの行為はいつもこうだ...強く激しく求められる。

けれどジョゼは、それが寂しさの裏返しだとよく分かっていた。


だからミカサの気が済むまで...そして、自分からも控えめながらも返してあげる。


ミカサがジョゼを想うのと同じ位...形は違えど、ジョゼもまたミカサを想っていたから。


キスは中々終らなかった。


遂にジョゼが顔を少し離して、ようやく外の空気....やや埃っぽかったが....を体内に取り入れる。

流石に肩で呼吸せざるを得ない。一方ミカサはしれっとして...だが、頬は微かに染まっていた。


「ジョゼ....前に言った筈。鼻で呼吸をするの」

ミカサは静かに告げるが、ジョゼは呼吸を整えるに精一杯だった。


その様を眺めていたミカサは、また良からぬ感情が胸の中で湧き起こるのを感じる。


「........ジョゼ。可愛い......」

ミカサの胸の内が読み取れたジョゼは、「ミカサ、もう少し、待っ....」と言いかけたが、それは聞き届けられる事は無く再び激しく口付けられる。


........可愛い、可愛い、可愛い.....!!


ミカサにとって、先程の質問等どうでも良くなってしまう程今のジョゼは愛らしかった。

彼女のこんな表情は絶対にジャンは知らない筈。そう考えるだけで、先程の嫉妬等些細な事の様に思えてくる。


......あれ程言ったのに、ジョゼはまだキスの合間の呼吸を上手く出来ない様だ。


少しの気遣いから唇を離してやれば、また苦しそうに呼吸する。


落ち着くのを待って.....また、口付けた。もう、止める事はできなかった。唾液が口の端から一筋垂れたが、そんな事もどうでも良い。


ジョゼが自分の気持ちに応えてくれるのがまた嬉しかった。その証拠に、ミカサが拘束していた彼女の手は、今はこちらを握り返してくれている。


「ミカサ」


ようやく気持ちが落ち着いて....唇を離し、ジョゼの体を自分の元へと強く抱き寄せていたミカサの耳に、ジョゼの声が届く。


「.......何?」


柔らかなグレーの髪を撫でてやりながら、優しい気持ちで尋ねた。


「ミカサは....私とエレン、どっちが好き?」


その質問に、ジョゼの髪を梳く手はぴたりと止まる。


「ねえ....教えて。」

ジョゼは体を起こして、質問を重ねた。


「ジョゼだって、私と貴方の兄...どっちが大事なの」

ミカサも先程の問いを、もう一度した。解答する事から逃れる様に。


「.....私はね、ミカサの一番じゃなくても別に良いよ。」

ジョゼもまた質問に答える事なく、静かに言った。予想外の言葉にミカサは少し眼を見張る。


「ミカサに...ちょっとでも良いから好きでいてもらえれば、それだけで私は幸せ」

ジョゼは相変わらず無表情だった。けれど声色は優しく...彼女なりに微笑んでいる事が分かる。


「ミカサ」

頬をジョゼが撫でた。ミカサの体が微かに震える。


「.....好き。」


そう言って、ジョゼはゆっくりとミカサに口付けた。静かな...キスだった。


......唇を離した時、ミカサの瞳の中では薄い涙の膜ができていた。


そして...微かな声で「ジョゼはずるい...」と囁く。



二人はどちらともなく、そっと抱き合った。互いに胸の中で、切なさと喜びが同居しているのを強く感じながら。



.....丁度春の中頃の寒くも暑くもない快い晩で、触れ合う空気は心地良い。


ジョゼは月をもう一度見上げ、(兄さんがこの光景を見たら腰を抜かすだろうなあ...)と呑気な事を考えていた。



「ジョゼ。」

そのままの姿勢で、ミカサがジョゼの名を呼んだ。

返事をする代わりに、ジョゼは彼女の濃艶の髪を撫でる。


「それでも私はジョゼの一番が良い....」


服をきゅっと握られて呟かれた言葉に、ジョゼは小さく溜め息を吐いた。


「ミカサは困った子だね....」


それでも、嬉しかった。だから頬へと唇を落としてそれを表す。


「ジョゼ、好き....」

「うん....」

「本当に、好きなの....」

「.....私もだよ」

「知ってる....」



....再び口付けを交わした倉庫の外では月輪がいよいよ滲み、まだ夜は長い事を表している。

そしてこの夜だけはお互いが最も愛しい存在だと、二人は確かに理解していた。



アニアニ様のリクエストより
ミカサとif恋人同士で書かせて頂きました。


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