「あとね...私が誘っても、誰も応えてもらえなかったら...というのも、不安だった...。」
だから、今日はとても嬉しい...と、ジョゼは空へと昇りゆく籠の中で、全く嬉しく無さそうな顔で零す。
俺は....苦手とする怖い顔が真正面に鎮座しているので少し居心地が悪....くはなかった。
むしろ、何だか落ち着いた。
「....何故そう思う。お前は局部的ではあるが相当好かれているぞ」
腕を組んで固いプラスチックの座面に体を預ける。...少しずつ地面が下へ下へと離れて行く。
「そうかな...。でも、何も覚えてない時..とても、迷惑をかけてしまったから...」
ジョゼの声は小さくなっていった。
.....やはり、以前に比べて臆病になっている。記憶を無くすというのは、それだけ精神に負荷がかかる事なのだろう....
「.....決して、悪い事ばかりでは無いと思うぞ」
俺の呟きに、ジョゼは不思議そうにした。
「現に俺は...お前の記憶が無いと知って、嬉しかった。」
少しの不安が、奴の表情にゆらりと浮かぶ。もう、人々は電灯の合間を縫う胡麻の様に細かく見えた。
「.....そういう事じゃない.....。もっと小さい事だ。」
落ち着かせる様にゆっくりと言った。ジョゼは目を伏せて小さく息を吐く。
「俺は、お前ともう一度出会い直せて良かったと、思っている...」
ジョゼの眼の中に、ビルが灯す光が移り込んでいる。鋭い形をした瞳だ。.....昔、随分と嫌ってしまっていた、...あの瞳だ。
「最初から、優しくしてやりたかった。....それが適って、とても嬉しかった。」
.....俺達を乗せた籠は、上へ上へと昇る。
....まさかこいつと観覧車に乗る事になるとは....だが、悪くは無いと思う。
俺はこいつを好きだから、零の状態からずっと..やり直したかった。
ジョゼ。......悪かったな。
「......そんな事、気にしなくても....私はライナーが好きだよ」
頂上だね、とこれもまた平坦な声でジョゼが告げる。
...地上では多くの光が夜空よりうんと強く光っていた。対して昏々としたこの場所には月が浮かんでいる。円くて白い月だ。
そして遠くには黒い海が見える。....壁は、無かった。
「そうだな...。だから、他の奴らもそんな事気にせず、お前の事が好きだと思うぞ....」
地上を見下ろしながら言えば、ジョゼは「やっぱりライナーは優しいね....すごく」と零して、笑った....気が、した。
*
.......観覧車から降りた途端に、何者かに鳩尾を殴られた。
「ぐふう」
.....それしか言葉が出なかった。
「畜生帰りが遅いと思ったらこれだよ!!観覧車とか何様のつもりだ恋人か!?」
「違うよジョゼの恋人は僕だ」
「それもまだ認めた覚えはねーんだよこら!!」
「あ、兄さんとマルコ....」
ジョゼがのんびりとした口調で二人を呼ぶ。
「何でここに....?」
「僕はジャンにジョゼの行方を知らないかと聞かれて不安になったから一緒に....」
「僕はなんか馬鹿がセンチメンタルしてる面白い気配を感じたからここに」
「うわあどっから湧きやがった」
ベルトルト登場。
「.....よくここが分かったね」
ジョゼが呟けばその首に腕がまわり、「天文学的な奇跡で生まれた怖い顔そして馬鹿を見失う分けないじゃないか」とベルトルトに抱か...いや、締め上げられた。
「最近僕に構ってくれないと思ったら....よくもライナーに遊ばれたな!!僕にも遊ばせろ!!」
「その言い方嫌だなあ....」
ジョゼは特に苦しそうな素振りを見せずにそれを流す。
「ちなみにオレ達はお前の携帯に入っていたGPSを辿って「ちょっと待ってそんなの入ってるの初耳」
「それにしても観覧車か...一体なんだってこんなものに乗ったんだ、ジョゼ?」
マルコが不思議そうに尋ねた。そしてようやく体調が回復してきた俺をジト目で見つめる。その顔やめろ。
「それは....」
ジョゼが少し口ごもって、自分の足下を見つめる。
三人は...次に彼女の口から発せられる言葉を待った。
「皆と一緒に乗ってみたいなって....。....下見、かな?」
小さい小さい声だったが、それは全員の耳に届いていた様だ。
「下見ってお前...遠足じゃねえんだから...フツーに休日にでも誘えばいいだろ....」
「慎重だね。...まあ、ジョゼは馬鹿な上に臆病な上に馬鹿だから仕方無いか。」
「....そうだ、何なら今から皆で乗ろうか」
マルコの提案に、ジョゼの周りの空気が微かな薔薇色に変化する。.....俺も段々とこいつの喜怒哀楽が分かる様になってきたようだ。
「いいの....」
「折角ここまで来たんだ。僕も乗りたかった。」
「......嬉しい。」
喜ぶジョゼを見て、よく頑張ったな...と暖かな気持ちになる。
こいつも臆病ながらに変わろうと努力しているのだ.....
「じゃ、君帰って良いよ」
良い事を考えていた時、ベルトルトが俺の肩に手をぽんと置いた。
「悪いなライナー、この観覧車四人用なんだ。」
ジャンが爽やかな笑顔で告げる。
「それにもう君はもう一回乗ったろ」
「....私も乗ったから...ライナーを乗せてあげ「野郎四人で観覧車は死んでも嫌だ」
マルコはきっぱりと言い放つと乗り場へとジョゼをずるずると引きずって行く。
それにジャン、ベルトルトが続いた。
.....非常に理不尽な暴力に見舞われた上にこの仕打ち...ちょっとひどくない?
まあ...下から見上げる観覧車も中々綺麗なものだし...20分程の間だ。少し待とう。
そして....降りて来たジョゼに、望み適って奴と見た遠くの景色はどんなものだったか聞いてみるか。
........微かに笑って、応えてくれる筈だ。
リー様のリクエストより
ライナーとの間で色々とハプニングが起きて、ジャン、マルコ、ベルトルトから理不尽な仕打ちを受ける不憫なライナーで書かせて頂きました。
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