エレンを助ける 前編
「大丈夫かい?」
すんでの所で頭を地面に強打する事を免れた俺の上から声が降って来た。
顔を上げるとそこには憎たらしいジャン・キルシュタインの顔があった。
「てめぇ....笑いにきたのかよ......!」
またしてもベルトでバランスを取る事に失敗した悔しさも手伝い、思いっきり睨みつけてやった。
しかしジャンは俺の敵意にびくともせず手を差し出して体勢を起こすのを助けてくれた。
なんだ?なんで妙に優しいんだ?.......こいつ本当にジャンか?
「違うよエレン、彼女はジャンじゃなくて妹のジョゼだよ。」
アルミンの声でようやく気付く。兄貴と違って悪目立ちする奴じゃないからすっかり忘れてた。あいつ妹いたんだっけ.....。
顔は似ているがこいつは比較的良い奴だ。
「わ、悪りぃ....」
ジョゼに助けられながら体勢を整える。
違うというのは分かっているがこの凶悪な目付きにどうしてもジャンの顔がかぶる。
おまけに無表情なのでジャンの数倍顔が怖い。なんでいつも不機嫌みたいな顔してんだよ。
「ものすごい事になってるからちょっと心配になったんだよ...。
エレンは運動神経もバランス感覚も良好そうなのになんでうまくいかないのかね。.....何か別に理由があるのかな。」
しかし喋る声は不機嫌ではなく、どちらかと言うと優しい声だった。
「さぁ知らねぇよ......!でもできないのなら、やれるまで努力すればいいだけだ。オレは諦めない。」
ジョゼは意気込む俺の目をしげしげと覗き込んだ後、ポツリと「エレンはすごいね。」と呟いた。
「でもエレン、もうそろそろやめた方が良い。その勢いで頭を打ち付けたら脳みそがパーになってしまう。」
「本当か.....!?」
「いや、適当に言っただけだからよく分からない。」
「なんだよ.....」
「しかし危ない事に変わりはないよ。」
「次は成功するかもしれないだろ.....!!」
説得は無理と悟ったのかジョゼはひとつ溜め息をつくと後ろに下がった。
「...まぁアルミンとミカサがいるから大丈夫でしょう。三人とも無理しない様にね。」
そう言ってジョゼは去っていった。
「あいつつくづくジャンとそっくりな凶悪面で損してよるなぁ、良い奴なのに。」
「でも意外だったなぁ。多分ジョゼはエレンを心配して様子を見に来てくれたんだよ。そういう事に無関心そうに見えたんだけど。」
「いいえ。ジョゼはとても優しい。顔で判断してはいけない。」
アルミンの発言を受けてミカサが返した。
「へぇ。お前が人をほめるなんてめずらしいな。」
「あと手先が器用。この髪もジョゼが切ってくれた。」
「まぁ人は見た目に寄らねーって事だな。あいつの兄貴は見たまんまの性悪だけど。」
*
ジョゼの忠告も虚しく派手に頭を打ち付けてしまったオレは呆然として食堂の席についていた。
本当に頭がパーになってしまった様だ。ミカサとアルミンの言葉も右から左へ抜けていく。
「...大丈夫かい?」
そんなオレの様子を気にかけて再びジョゼが声をかけてきた。
「あ、あぁ.....」
生返事を返す。今は言葉を発する余裕もなかった。
「しかし身体がひっくり返るとはいえこうも激しく頭を打ち付けてしまうものかね...」
ジョゼが呟きながら薄汚れた本を差し出した。
「なんの本だ?これ....」
「立体起動時の身体バランスの取り方が結構詳しく載ってる本だよ。...エレンの為に図書室の中で一番簡単なものを借りて来た。」
「なんか引っかかる言い方だな...わざわざ探してくれたのか?」
「余計なお世話かもしれないけれど...気休め程度に読んでみたらどうかな。
まぁ二人の優秀な先生もついてる事だし明日はきっと上手くいくでしょう...。」
ジョゼはミカサとアルミンに目をやりながら俺の頭をポンポンと叩く。ガキ扱いされてる様で少し癪だが悪い気はしなかった。
用事をすませたらしいジョゼは自分の席に戻って行った。
ジョゼが着席するのをぼんやり眺めていると隣に座っていたジャンと目が合ってしまった。
どうやら睨まれていたらしい。
似た様な顔してる癖になんでこっちはこんなに憎たらしいんだ。
← 目次 →