いつか見る空 | ナノ
ジョゼと俺は電車に乗っていた。

ちなみに奴は登下校に電車は使わない。完全に家から離れた所へと向かっている。


彼女の死角になる場所からその様子を盗み見ているが、如何せんあの無表情なので何を考えているのかさっぱり分からない。アニの方がまだ分かりやすい位だ。


ただぼんやりと窓の外を眺めている奴の視線を辿ると、巨大な観覧車が遠くのビルの隙間から覗いていた。


......成る程。これ目当てだったか。

だが....何のために?


しばらくして、ジョゼはその観覧車傍の駅で降りる。俺も続いて降りた。


駅から出ると、車内で見かけたものよりずっと近い場所で、それは大きな体をゆっくりと廻していた。


.....綺麗だった。夕日の中、かたん、かたんという電車の音、それを背景にしながら規則的に...静かにその身を光らせながら、動いている。


(.....っと、いけない。)


ぼんやりと見蕩れていてジョゼを見失う所だった。

ジョゼは....これに、一人で乗るつもりだったのだろうか...。

またしてもその後をつけると....何故か、観覧車の乗り場は通過してしまう。

それから更に歩き、とあるビルの中へとその姿を消して行った。

.....んん?


あの建物は....まさか、いや、いや、ちょっと待て、いくら友達がいないからって早まるなジョゼ。


ジャンやマルコでなくてもヤバい事くらい分かる。俺は大急ぎで彼女との距離を詰めて、問題の建築物へと足を踏み入れた。





....ロビーは静かで人の気配を感じさせない。そこそこ高級なホテルな様で、楚々とした清潔感を漂わせている。


.....と、言う事は...相手は相当年上...しかも金も持っている....、まさかっ、金で体を...

いや、そんな金持ちがあんな怖い顔をわざわざ....?相当の物好きか....


というかあいつ何処に行ったんだ....!?


心の内に焦りが広がる。...何としても奴の間違いは俺が正してやらねば。


ぐるりと辺りを見回すと、いやという程見覚えのあるうちの制服の色が目に留まる。

その方向へ反射的に駆け出すが―――遅かった。


二基並んでいるエレベーターのうちひとつが音も立てずに閉まり、脳裏にはどこかをぼんやりと見つめているジョゼの姿だけが残る。

上を見上げると、旧式の階数表示の針がゆっくりと回り始めていた。

息を整えながら、その針が行き着く先を睨みつける。針は丁度12の所で微かに震えてから留まり、それきり動かなくなった。

....その様子を見届けてから、隣のエレベーターのボタンを押すが...思い直した様に、近くにあった階段を二段飛ばしで昇り始めた。


もう...時間の猶予は無いのだ。







.....流石に、12階を階段で昇り切るのはキツかった....

額の汗を手で拭いながら息を整える。


.....ジョゼは何処だ。


もう、何処かの部屋の中へ消えてしまったのだろうか...!!


階段からエレベーターホールへと通じる重たい扉を急いで開く。


ここまで来て何もできなかったとなると、目に入れても痛く無い程あいつを可愛がっている兄貴のジャンに申し訳が立たない!


そこへ大きく踏み出すと、足下に柔らかな絨毯の感触が。....新しいホテルらしい。毛先がすり減っておらず、卸したての様な心地だ。


.....その他にもあいつを大切に思う奴は沢山いる!それなのに何故自分を祖末にするんだジョゼ....!!


それを踏みつけながら客室の方向へと向かう。最早早歩きもしていられず、気が付くと走り出してしまっていた。



「.........ん」



しかし、それはとある瞬間にぴたりと止まる。

今しがた駆け抜けて来た長い廊下をそろそろと後退する.....と、いた。


大きな窓から外をぼんやりと眺める奴が。


.....俺には全く気付いていない。


ただ....ガラスを隔てた目の前の、巨大な観覧車を見つけている。


そこからびくとも動かない様子に、待ち合わせでもしているのだろうか...と思った。


しかしその様子もあまり見受けられない。腕時計も、携帯電話も全く確認せずに...ただ、ゆっくりと回り続けるそれを眺めている。


夕日が遠ざかり藤色に染まる空の中で、観覧車は生命が失われた何かの様に儚げな美しさを湛えていた。


.....俺も、ジョゼの後ろに立って観覧車を眺めてみる。


電飾が内側から外側、外側から内側へと、固定された花火に似た円を描いていた。

その先の籠には、誰が、誰と乗っているのだろう。



「......乗らないのか」


静かな声で尋ねると、ジョゼはこちらを振り向かずに「一人で乗るのは寂しいよ...」と答えた。


「誘えばいいじゃないか」


ひとつ足を踏み出して隣に並ぶ。ジョゼの視線は未だに観覧車へと注がれている。


「.....そうだね。」


小さな溜め息が聞こえた。


「本当は、高い所...少し怖いんだ。」


ジョゼは観覧車の天辺を見上げながら呟く。


「高所恐怖症か?」

「......どうかなあ」


そっと手を繋がれたので、応えてやった。


「高い所から...遠くまで、見て...それで、壁があったらどうしよう...と。」

ジョゼはあまり考えが纏まらないらしく、散漫な言葉を紡いで行く。

「でも...もし違うのなら、うんと高い所からこの世界を見下ろしたい。....もう、戦う理由はどこにも無い事を...知りたい。」

だけど、やっぱり怖い....と言ってジョゼは手を強く握ってきた。



...........本当に、間抜けでお人好しな奴だ。



「.......乗ってやるよ」


そう呟くと、ジョゼが初めてこちらを見た。


「大丈夫だ....。.....この観覧車の天辺からは海が見える筈だ。....壁は、無い。」


繋がれたままの手を引いて、歩き出す。根が生えた様に立っていたジョゼは少しよろけながらついてきた。


「ありがとう。」


ジョゼの平坦な声が一歩後ろから聞こえる。


「ライナーは優しいね」


今度は隣から聞こえた。


並んだまま、俺達は...もどかしい程にゆっくり動くエレベーターに乗って、地上へと近付いて行く。


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