「わ」
「あっぶねえ!」
ジョゼの声、後、ジャンの声。
「す...すまん」
そして俺はジャンの腕の中でぽかんとしているジョゼに謝る。
「謝って済む問題か!ジョゼが道路にはみ出して轢かれたらどうしてくれるんだ!!後通学路の曲がり角でぶつかるとか何様のつもりだよラブコメか!?」
「......ライナー、怪我は無い?」
兄に比べて妹は落ち着いたものである。ジャンの腕の中から抜け出すと、「ごめんね」と頭を軽く下げた。
「いや...大丈夫だ。それよりお前の方が心配なんだが...」
「....大丈夫だよ。ありがと「おいジョゼそれ以上こいつと喋ってフラグを立てんな行くぞ」
ジャンに襟首を掴まれてずるずると学校への道を引きずられて行くジョゼ。
俺と目が合うと、ひらひらと手を振ってくれた。
「....やるじゃん」
背後から声が。思わず肩がびくりと震える。
「曲がり角でぶつかるとか...やや古いけど初歩的なラブコメ若しくはギャルゲーじゃんか。」
振り返ると..まあ、案の定、何処から湧いて出たのか長身の友人が。
「でもまあ...あれは不人気のレッテルを張られる類のキャラだよね。顔怖過ぎるし。」
無視をして学校へと向かおうとするが、がっちりと肩を掴まれてそれは適わなかった。
「....前っから思ってたけどさあ...君、やたらとジョゼに構いたがるよね...。」
何の脈略も無く嫉妬爆発。
「お前程じゃないだろ...。良い加減にしないと嫌われるぞ」
「嫌われるわけないじゃんか。僕、きっとジャン以上に愛されてるよ。」
(自信すげえ)
ベルトルトの手を振り払い、学校への道をようやく歩き出す。
「...何と言うかなあ...ジョゼの事は少し心配なんだ」
「へえ....」
「あからさまに興味の無い顔をするな傷付く」
小さく溜め息を吐いて空を見上げる。そこには立派な入道雲が立ち昇っていた。
....試験も終わり、後少しで夏休みだ...
「記憶を無くしていた時...随分と不安げだったろう...?」
「そうかなあ、楽しそうだったよ?」
「楽しかったのはお前だけだ」
「でも記憶はもう戻ってるよ」
「いや....それでも以前に比べて自信なさげと言うか...気弱というか...何だか放っておけない気が...」
「僕が嫌という程放っておかないからライナーはそんな事気にしなくて良いよ」
「あとジョゼがストレスで胃を痛めないか心配だし...」
「ふうん....」
ベルトルトはペットボトルから一口水を飲んで相槌を打つ。
「言っておくけどさ...、あの子、一部の記憶は抜け落ちたままだから。」
ぺこんとそのペットボトルで軽く頭を叩かれた。
「......どうして分かる」
なんだかムカついてそれを振り払いながら言う。
「本人から聞いた。」
ペットボトルはベルトルトのバックの中へと仕舞われた。太陽を反射した光をキラキラと残しながら。
「................間抜けでお人好しな奴だ。」
そう呟くと、「そんなの周知の事実だろ」とベルトルトが零した。
「まあ...それも気にならない事では無かったが...それ以外にも少し、な...」
「.....ジョゼで遊んで良いのは僕だけだからね?」
「せめてジョゼと、にしてやれ。」
そういう事じゃない、と溜め息を吐いて否定する。
「本当に、些細な事だ....」
だが....以前してやれなかった事だ。
.....しかし、いまいちそのやり方とタイミングが掴めないのが悩みどころだ....。
その所為でどうも奴とのフラグが乱立しており...面倒くさい男三人の視線が痛い今日この頃である....
*
「「あ」」
となる前に、マルコが...二人が取ろうとしていた本を素早く抜き取る。
「はいライナー。君の方が早かったから君のだね」
そしてにこやかに笑ってこちらに本を差し出してきた。
「お、おう...」
そうとしか言えない。
.....明らかになんか誤解されている。この男...真面目そうな顔してジョゼの事になると非常に面倒くさい。
うーん、こいつは俺の好みのど範疇外なので全く変な気は起きないのだが。
だが...可愛いと思う気持ちは少し分かる。....鋭い顔つきなくせしてどこかぼんやりしている所とか...意外と懐っこい所とか...だ。
「あの参考書なら、似た様なものを僕が持ってるからこっちへおいで」
マルコが優しく言ってジョゼの手を引く。
ああ....こいつら付き合ってるんだっけ...
そう思うと何だか感無量というか...本当に良かったと思えた。
ジョゼはあの時以来人前で泣く事は決してなかったが、随分と無理をしているのが分かり...見ている方が辛かった。
生涯独り身を通したこいつが、遂に幸せを見つけたのかと思うと、本当に....
そして、自分の罪が少し軽くなった様な気がして....安堵するのだ。
.....おい。折角人が良い事考えてるのにジト目でこっちを見るな雀斑君。
「ううん、マルコ....私が欲しかったのはそのひとつ上の段の本なんだ...」
マルコと手を繋いだままぼんやりとジョゼが言う。
彼女が指差す先...随分上の方の書架を眺めて、「取ってやるよ」と笑いながら手を伸ばした。
「いや、僕が取るよ」
そこでこいつの進撃である。
「....マルコは私とあまり身長変わらないでしょう...。ライナーの方がきっと取りやす「ライナーが取れるなら僕だって取れる」「そう言う問題じゃ「ジョゼは僕の事信じられないの」「いやそんな事は一言も「ねえどうなの」「偶には最後まで喋らせてよ」
「おいお前等」
痴話喧嘩を繰り広げる二人に声をかける。
「取ってやったぞ。」
ほら、これだろ。とジョゼに本を差し出す。ジョゼは無表情ながらも纏う空気を嬉しそうなものに変化させて受け取った。
「ありがとう、ライナー。」
そう言って深々とお辞儀をした。
そして、やや不満げにしているマルコの手を引きながら....こちらを振り向いて一度手を振った後、貸し出しカウンターへと立ち去っていく。
.....ちなみにマルコはジョゼの方から手を繋いでもらえた事に非常にご満悦な様で、この上なく幸せそうにその隣に並んでいた。
(......観覧車ガイド?)
彼女が借りて行った本のタイトルを思い出し、首をひねる。
あんなカップルが乗る様なもの、あいつの凶相から考えても似合わなすぎる。
......マルコと乗るのか?
いや違うな。あの二人は観覧車がある様な賑やかな場所にはあまり行かないし、デートのプランを考えるのはマルコの役割だ。
まあ....考えても仕方の無い事だ。
不思議に思いながら、俺も参考書をカウンターで借りて教室へと戻った。
*
そして下校時間。
下駄箱で靴を取り出していると、校門へと向かうジョゼの姿が遠くの方に見えた。
(...一人か。珍しいな。)
大抵兄か親友兼恋人と一緒にいる事が多いのだが....
(ん.....?)
おかしい。通学路と逆方向へと向かっている。
(寄り道か?)
一人で....?
(あいつは...基本的に友達がいないからな...他校の生徒と待ち合わせしている可能性はまず無いし...)
生来の心配性が首をもたげてくる。
(.....様子を見るだけだ。様子を....)
そう自分に言い聞かせながら....俺はジョゼの跡をそっとつける事にした。
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