いつか見る空 | ナノ
「...........。」


暇だった。


訓練が終わってから夕食までの時間はいつも暇だ。

まあ...暇を潰せる本とか話し相手はいるし、それで充分満足している。

しかし運が悪い事に今日はどれも見つからない。

...僕の様な繊細な心の持ち主は少数の仲が良い相手としか話が通じないのだ。

決して対人恐怖症な訳では無い。決して友達がいないどっかのハシビロコウと一緒にしないで欲しい。


(.....そうか。)


話し相手がいないのなら探しにいけば良いのか...。

確かにあれはハシビロコウで人間様の僕とはとても釣り合う相手では無いがそれなりの...というか絶好の暇つぶしになる。

ごろりと死んだ様に横になっていた体を勢いをつけて起き上がらせる。痛い。頭打った。これだから二段ベッドは嫌なんだ。...あー、今僕の頭が痛いのも全部ジョゼの所為だ。仕返しに散々虐めてやろう。


先程のごつんという鈍い音に反応して彼女の兄が訝しげにこちらを見た。

「気をつけろよー」
とだけ言うとまたコニーと中身の無い話を続ける。

あれにジョゼの所に行く事がバレると厄介だ。....ていうかそろそろ妹離れして欲しい。逆にジョゼも兄離れして欲しい。

だってこれだけ丹誠込めて愛情を注いでやってるのに僕では無くジャンの方に大いに懐いているのは絶対おかしいよな....。


ま、いっか。...行くとしよう....。


――――


「....なんだか凄い悪寒がする....」

女子寮のベッドに腰掛けていたジョゼが自身を抱く様にしてぶるりと震えた。

「.....風邪!?」
その隣にいたミカサが弾かれた様に立ち上がる。

「あー...大丈夫大丈夫。こらこらそのネギはどこから出したの。」

ジョゼはひょいとベッドから床に降りて「ちょっと外歩いて気分転換してくるね...」とミカサに告げた。

「....私も一緒に...「いや...ネギは置いてね...」

ぽんぽんとベッドに腰掛けたままのミカサの頭をジョゼは撫でてやる。

それから「夕食までの少しの間だから...また後でね」とだけ言うとのんびりとした足取りで入口へと向かう。

ミカサはその動物的嗅覚から何か嫌な予感を感じ取ったが、引き止める事がなんとなくできずに、ただネギをぎゅっと握り直すしかできなかった。





(......ん)


何だろ、あれ。

渇いた茶色ばかりの林の中で、唯一柔らかな色彩が地面に落ちている。

....んー...小さいな。ふわふわして....ああ、色はグレーだな。毛玉か...?

訝しげに思って更に近付いてみた。


(おお.....)


猫だった。まだ若そうだ。

道の真ん中で堂々と丸まってすやすやと寝ている。


....僕は、結構猫が好きだ。

それに、故郷に居た頃に懐かれていた猫も...今現在可愛がっているハシビロコウと人間を行ったり来たりする謎生物もこんな毛の色をしている。


眠り込んでいたそれは足音に反応したらしい。三角の耳をぴくりと動かすと目を開いてこちらを見つめた。思わず僕は固まってしまう。

猫は欠伸をひとつすると道のど真ん中に座り込んだまま相も変わらずこちらを見上げている。

特に鳴くでもなく、攻撃するでもなく、逃げるでもなく...ただ、ぼんやりとしている。

.....うわー、そっくりだ。何にとは言わないけど間抜けな感じがそっくりだ。


そう思うと急に愛着が湧いて来た。

近付いても逃げる気配が無い。もしや、と思って抱き上げてみても全く抵抗しない。

しかし喜んでいるのか、と聞かれるとそれもいまいち判別が付かなった。

ただ、気の抜けた声で一言にゃー...と鳴く。


.....あ、これ可愛いわ。


辺りを見回して誰もいないのを確認してからもう一度猫に視線を落とす。

目が合うと、また一声にゃー...と言われた。...随分と人間臭い仕草だ。

よしよし、と撫でてやるとこれは嬉しかったのか目を細めてそれを甘受する。


目当てのものには会えなかったけれど、これはこれで良いか...。と、和やかな気持ちになっていた時、「君が動物を愛でるとは意外だなあ」と言う声が背後でした。


「.......!!」


驚きのあまり猫を取り落としてしまうが、それはジョゼに素早くキャッチされた。

まあ...ある程度の高さから落としても大丈夫ではあるんだろうが....


「....出たなハシビロコウ」

「失礼だなあ...。ハシビロコウにも私にも。」


猫の耳の後ろ辺りをぐりぐり揉みながらジョゼが応える。
グレーの毛玉はもっとやれ、と言わんばかりに自分の頭をジョゼの掌に押し付けていた。


....探していた張本人が見つかった。しかしそれは最悪のタイミングだった。


「君は普段意地悪だけれど...凄く優しい表情もするんだねえ...」

ジョゼは淡く笑いながらこちらを見上げる。やめろ温かい視線を向けるな。

「...そりゃそうだよ。僕は優しい表情しかした事ない。」

猫をひったくりながら言う。それは名残惜しそうににゃー...と鳴いた。

「そっか......。」

「含んだ視線を向ける位ならはっきり言いなさい」

「....うん。鏡って知ってる?」

「何故こういう嫌味っぽい言い方しかできないのこの子は」

「そりゃあ...君の英才教育あっての事だよ痛い」

勢い良くジョゼの頭に手刀を振り下ろす。

「....ジョゼ。君なんか調子こいてるね。こいてるだろう...?」

「いつもの君に比べたら可愛いものだよ痛いって」

二発目。結構強くやってるのに関わらず彼女は何処か嬉しそうな表情を崩さない。ちょうムカつく。


「....ベルトルトは結構可愛かったんだね...。」

僕の腕の中にいた猫の頭をまたしてもぐりぐりとしながらジョゼが言う。


....何言ってるんだろう。....可愛い?正直言うと親以外に初めて言われた。


「ジョゼは結構ムカつくよね」
しかし...嬉しくなくは無かった。それを隠す様にいつもの通り辛辣な言葉を投げ掛ける。

「....褒めたのに酷い言われようだね」
まあ、今に始まった事じゃないか...とジョゼは溜め息を吐いた。

「照れなくても良いじゃないの...。私は君のそういう一面が見れて嬉しかったよ」

...どうあってもこの子は僕を雨の日に猫を拾うヤンキー的ポジションに持っていきたいらしい。それだけは止めて欲しい。

だが上手い返しを思い付かない..。ジョゼの前ではいつでも優位に立って余裕でいたいというのに...!


その時、猫が再びにゃー...と一声鳴いて腕の中からするりと抜けた。


「あ....」


残念に思う暇もなく、それはしなやかに林の向こうへと歩いていく。

一度こちらを振り向いて、もう一声鳴くと今までのぼんやりとした雰囲気が嘘の様に素早く駆けていってしまった。



「....行っちゃったねえ」


ひらひらとその方向に手を振りながらジョゼが呟く。

のんびり大将と揶揄されるだけはあって、相変わらずな口調だ。


....あっという間の事だった。


猫って...あんまり喜怒哀楽がはっきりしないから、時々不安になる。それも含めて魅力なんだろうけど。

割と雑に扱ってる。けど何となく傍に来てくれる。だから構う。でもすぐに姿を消す....。

本当の所は僕をどう思ってるのだろう。嫌っているのかも知れない。では何故傍に...?


いつか...僕の元から去ってしまうのだろうか。結局故郷の猫も僕のものでは無かった。

そんな事悩む位なら大切にすれば良いのに....

けれど...彼女を大切にする奴は沢山いるから...どうしてもそれとは違う、特別になりたくて....


余裕で優位なんかじゃない。...いつだって一杯一杯なんだろう。それでこんなにも虚勢を張ってしまう。

....でもいつかは素直になりたい。可愛いね、好きだよ...と言ってあげたい...。



「....そろそろ夕飯だよ。行こう....」

ジョゼがぼんやりとしていた僕に声をかける。

夕日に照らされてグレーの髪がオレンジになっている。兄に比べて少し色素が薄いそれが好きだ。他は悉くジャンに似ているので何か抵抗がある。

ひとつ息を吸ってからそのお馴染みの毛を撫でてやった。痛いだろうという位ぐりぐりと。


「....な、なに?」

ジョゼは戸惑った視線をこちらに向ける。うーん。僕の寝起きみたいなすごい髪になってきた。実に滑稽だ。

「いや...僕が猫に構ってばかりで寂しかったかな、と...」

「凄いね君の思考回路だから痛いよ」

そのまま腕を振り下ろす。ちょっとは縮め。何でまた身長までジャンと一緒なんだ。

「....明日の座学の試験で成績が悪かったらベルトルトの所為だよ....」
ぼさぼさになった髪を整えつつ患部を撫でながらジョゼが言う。

「自分の努力不足を人の所為にするなんて良い根性してるね。」

「こういう時だけ正論を...」

二人でゆっくりと歩き出した。斜陽の光が背中を嘗めていく。


.....なんとなく手を差し伸べてやると掌を重ねてくれる。だが、喜んでるのか嫌々なのかはよく分からない。

まだ僕は彼女の表情を上手く読み取れないでいる。それがちょっと悔しい。


でも....今、隣で柔らかく笑ってくれた事は何となく分かった。こういう顔をしたジョゼは少し可愛いと思う。本人には絶対言わないけど。


.....手を繋いで帰ると、きっと厄介な幾人かにとやかく言われるのだろうが...それもまた愉快だ。


そう思いながら歩を進めると、「今日はほんとにご機嫌だねえ...」と呑気な言葉をからされる。


「ジョゼの脳細胞をいくつ潰してやったのかを計算していたら何だか楽しくなって来たんだよ」

僕も彼女程じゃないが喜怒哀楽が平坦な方だ。それを察知してもらえるのは割と嬉しい。


「ひどいなあ....。」

溜め息と共に吐き出された言葉を聞いて、そうそう...僕らの関係はやっぱりこうでなきゃ、と殊更楽しくなるのだった。


いつの間にか夕日は消えて涼しげな青色が辺りに満ち始めている。


想像した通りの心配性な面々がテラスから僕らの姿を発見し、こちらに駆け寄って来た。



....ジョゼにとって今日は厄日になりそうだ。

さて、今回のお説教はどの位の長さになるのだろうか.....



つばさ様のリクエストより
猫にデレるベルトルトをいつもの仕返しとばかりに少しいじる話で書かせて頂きました。


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