マルコと夕食 前編
初日の夜に衝突して以来、ジャンとエレンは犬猿の仲だ。
顔を合わせれば何かしら諍いが起こる。今日も例外ではないらしく、食堂の片隅が何やら騒がしい。
「ねぇ君、ジャンの妹なんだろ?ちょっとあの騒ぎ止めるの手伝ってくれないかな。」
僕は喧騒の中心にいる人物の片方によく似た女性に声をかけた。
似てると言っても女性なので、ジャンと比べるとやや柔らかく繊細な顔立ちだ。
彼女は腰掛けていたので必然的に僕を見上げる形になる。
パンを口に運ぶのをやめ、顎に手をあてこちらに視線をよこす格好がなかなか様になっていたので、ジャンも黙っていれば整った顔立ちをしているのだろうなとどうでもいい事を考えてしまった。
「うーん、知らないなぁ誰あの馬面」
「君も似た様な顔でしょ...。」
「兄さんの起こすいざこざにいちいち参加してたら精神が持たないよ...。それにあれくらいの騒ぎならすぐ治まるでしょう。...君も冷める前に早く食事を摂った方が良い。」
そう言って彼女は隣の席を薦める。短気な兄に対して妹は少し呑気な様だ。
「う、うん...じゃぁお言葉に甘えて。」
とは言ったもののジャンと似て少々目付きが悪く(失礼)、無表情な彼女と食事をするのは正直気が引けた。
一体何を話せば良いのだろう...。
しかし不安な予想は一転、隣同士で話してみると彼女は顔こそ怖いが(再び失礼)人並みに冗談も言うなかなか気さくな人物というのが分かった。
「ジャンは昔からああいう血気盛んな性格なのかい?」
「まぁ...確かにあんな感じだったよ。よく色んな人と喧嘩してた。」
「じゃあ兄妹喧嘩とかも?」
「...いや、それは無かったよ。私はみそっかすで兄さんに甘えっぱなしだったし。」
「へぇ意外だな。君がそんな少女時代を過ごしていたとは。」
「うん、昔はひどい人見知りで泣き虫だったんだよ。
だけどこのままじゃいけないと思って泣かない様に、兄さんに頼らない様にと心がけていたら泣くどころか笑うことも難しい凶悪な顔になってしまった...。」
彼女はどんよりとスープ皿に目をやった。グレーの前髪がさらりと目蓋にかかる。
どうやら彼女の凶相の原因は感情表現が恐ろしく不器用な事にある様だ。
甘えたり頼ったりしない様にしているうちにそれがどんどん下手になってしまったらしい。
「まあ悩んでる事があったら何でも言ってよ。僕でよければ話を聞くよ。」
彼女は少し驚いた様にスープ皿から視線をあげた。
「いや、何か力になれたらな、とちょっと思ったんだ。」
慌てて言葉を付け足す。自然と言葉が口をついて出てしまったのだ。
少し間を置いてから彼女は口を開いた。
「うーん...、この顔はそこまで問題じゃなくて、悩みはまた別にあるんだ...。
それは悩みと言うより私がどうにかしないといけない課題みたいなものなんだが...。
でも頼りになるよ。ありがとう。」
深緑の瞳に僕の顔が映る。長いまつげを見ていると改めてジャンと似ていても女性なんだな、と思った。
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