「はあぁぁあぁ」
俺はテラスに座り込み、深く深く溜め息を吐いた。
.......今日は本当に酷い目に合った。全く....あの女....ジョゼは不幸を呼ぶ女だ。
だが.....
「ライナーの事が、好きだから」
.......本気、か?
確かに....そこまで苦手では無くなった気がする。それに....
彼女の、長い睫毛と白い肌を思い出す。
悪い気は.....しない、かも知れない......。
「ライナー」
「ふえっ」
......思わず変な声が出た。そしてこの.....本日嫌と言う程聞いた声色は.....
「......何の用だ、ジョゼ。」
若干うんざりした様に声がした方を向く。そこにはやや俯いて立つジョゼの姿があった。
「隣、良い?」
「お、おう....」
ジョゼは無言で俺の隣に腰を下ろした。
......相変わらずの、無言。
だが.....なんというか変に意識してしまい、俺は非常に尻の座りが悪い思いをしていた。
「.......ごめんね」
ジョゼがぽつりとそう零す。
「え......?」
「君に...とても大変な思いをさせてしまった。ごめんね。」
しょんぼりと抱えた膝を見つめながら答えるジョゼは....あまり怖く無い。むしろ.....
「いや...大丈夫だ。あまり気にするな。」
自然な手付きで頭を撫でる。その髪は柔らかで触り心地が良かった。
「ここ最近、付きまとっちゃって...私、顔が怖いから嫌だったでしょう?」
「まあ...そりゃあ...いや、そんな事は無い。」
「ありがとう....。実は....私はね、ずっと前からライナーに憧れてたんだ....。
だから仲良くなりたくて....でも、私は凄く口下手だから上手に喋る事もできないし......。でも、やっぱり好きな人に避けられるのはちょっと寂しかったから....。」
......ジョゼは、やはり気付いていた様だ。
俺が、お前に対して尋常では無い苦手意識を持っていた事を.....
そう思うと胸がちくりと痛んだ。.....悪い事をしてしまったと思う。俺も....もう少し、こいつとちゃんと話をすれば良かった。
そうして俺達はまたしても無言になる。雨が上がった夜空は湿った空気で満ちていた。
「......なあジョゼ。」
隣で未だに膝を抱える彼女に声をかける。ジョゼは首だけ動かしてこちらを見た。
「俺はまだ...お前の事をよく知らん」
「うん.....。」
「だから....その、友達から始めてみないか....」
「友達に....なってくれるの?」
「ああ。それで....付き合うとか...そういうのは、そこから考えよう。」
「へ?」
............?
しっとりとした良い雰囲気が流れていた中、ジョゼが頭上に疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「ん?」
俺も思わず声を上げる。
「.......お前は、俺が好きなんだよな?」
確認する様に尋ねた。
「うん。」
迷いの無い返答が返って来た。
「......男性として、好きなんだよな。」
「うん。」
またしても即答。
「と言う事はだ。付き合いたいという事だよな?」
「.......うん?」
........何故首を傾げる。何故。
「でもやっぱりライナーの身体はいいなあ。とっても男性的で....。どう鍛えたらこうなるの?」
ジョゼは俺の戸惑いを無視してそっと上腕に触れて来る。その手は先程と変わらずひんやりとしていた。
「私はね....あまり筋肉が付かない体質みたいなんだ。だから...君みたいな身体はとても憧れる....。」
そしてひたりと視線が合う。....俺の脳内で、かちゃりかちゃりとパズルが組み合わさって行った。嫌と言う程吐いた溜め息がまたしても口から漏れる。
「......お前が、好きなのは俺の...所謂男性的な身体で....教えて欲しいのは鍛え方だな?」
「?そうだよ」
.......即答。
俺は脱力した後、先程のベルトルトの様に思いっきりジョゼの頬を引っ張った。
「.......痛い。」
「お前はなあ......言葉足らず過ぎるんだ.....!まずはそのコミュニケーション障害をどうにかしろ!!身体の鍛え方はそれからだ!!」
「そ、そんなに酷いかなあ.....」
「ああ、ミカサより酷い。」
「それは酷いね.....。」
手を離して俺は座ったまま後ろの壁に寄りかかる。ああ、今日は本当に厄日だ。
「ライナー」
「んー?」
もはや気の抜けた返事しかできない。
「私はね.....。ライナーに憧れたのは何もその身体だけじゃないんだよ....」
「ほお....」
「今日図書室でノートを見ても分かったけれど、ライナーは座学もきちんとして...手も抜かないし、採点対象じゃない対人格闘もちゃんとする。凄く実力があるのにサボらないし.....」
ジョゼが俺の事を見上げて来た。不思議な事に、もう全く怖いとは思わなかった。
「ライナーの....そういう努力家なところが、凄く好き。」
そう言ってジョゼは本当に微かに笑う。
その笑顔を、俺は素直に可愛いと思った。
「ジョゼ!!!!!」
その時、俺達がいるテラスの扉が勢い良く開いた。
何かと思ってその方向を見ると、ジャンがきょろきょろと辺りを見回している。
「あ、兄さん」
ジョゼが小さく呟くと、それを耳聡く聞きつけたのか、ジャンがこちらに向かって来た。
「おい、何お前等良い雰囲気出してんだよ!!」
そして猫か何かを摘まみ上げる様にジョゼの襟を掴んで自分の方に引き寄せた。
「あー....ジャン、落ち着け。」
俺は眉間にできた皺を軽く揉みながらジャンに事の顛末を説明する。誤解されたままだと色々と面倒だ。
..............。
「.........なんだ」
ジャンの口から小さく心からの安堵が漏れる。
「なあんだ、やっぱりそんな事だろうと俺は思ったぜ!」
ジョゼの背中をばんばん叩くジャンは非常に嬉しそうだ。
「ライナー、悪かったな!おいジョゼ、行くぞ」
そう言いながらジャンはずるずるとジョゼを引きずって行く。去り際にジョゼは俺に向けて小さく手を振った。
それに応える様に手を挙げて、俺は二人が扉の向こうに去って行くのを見守った。
「はあぁあ.....」
自然と声が口から漏れる。今日は本当の本当に厄日だ。
.......だが、悪い事ばかりではなかったかもしれない。
空を見上げると、星がちらちらと銀砂を散らした様に瞬いていた。
明日こそは....良い天気になりそうだ。
*
「なあジョゼ」
「うん?」
宿舎への道をジャンに手を引かれたままジョゼは歩いていた。手を握る力は何故かいつもより強い。
「お前さあ.....好きな奴とかいるのか?」
「皆優しいから好きだよ。」
「そういう事じゃねえよ.....」
ジャンは振り返ってジョゼの事を見つめた。険のある目付き同士がぶつかった。
「いつかお前が....本当に結婚したくなる程好きな奴ができたら....オレに、一番に言えよな...!」
「うん....。」
「もう....今日みたいに驚かすな。.....オレが、どんなつもりで....」
「.....兄さん」
「もう、良い。行くぞ。」
それから再びジャンはジョゼの手を引いて真っ暗な道を行く。ジャンの耳が微かに赤い事が後ろを歩くジョゼには確認できた。
「兄さん」
ジョゼは一歩踏み出してジャンの隣に並ぶ。肩口が触れ合った所が温かい。
「......皆好きだけれど、やっぱり私の特別は兄さんだよ。」
「そうかよ.....。」
「うん....。兄さんの事が、一番好き。」
ジャンは何も応えなかった。ただ、ジョゼの掌を握る力は痛い程強く、彼の思いを伝えて来る様だった。
それからジャンは群青色の空とその中に浮かぶ白磁色の星を見上げて息を吐く。
あと何年....ジョゼはオレの隣で、同じ事を言ってくれるのだろう。
いつか離れて行っていまうのは分かっている。だが、それでも.....
もう少し、傍にいてほしい。
並んで歩く二人の頭上をかすめて、何かしらの小さな羽虫が銀色の光を放って流星のように飛んで行く。
いつのまにか虫が飛ぶ季節となったのだ。ゆっくりと確実に、時間は経由していく。
はるか様のリクエストより
ライナー(の筋肉が)好きよ。と言葉足らずな主人公
周りを巻き込む騒動話、最後はジャンで〆
あると様のリクエストより
おもいっきりの逆ハーで書かせて頂きました。
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