夕方、自由時間―――――
うわあ、今日は厄日だ。
課題を終わらせようと図書室に向かって歩いていたら、前方に良く見知った....特に今日は見知り過ぎた人間が歩いていた。
......俺は、ジョゼに気付かれない様に足音を消して歩く事にした。
よし.....俺には気付かず、そのままどっかに行ってしまえ.....
もうこれ以上お前に関わる事は精神衛生上よろしくない.....
しかし、悪い事は重なるもので.....ジョゼの足がぴたりと止まる。その時....嫌な予感がして咄嗟にどこかに隠れようと思ったが、それには間に合わず、彼女が首だけ動かしてこちらを振り返る。
ぎろり
という擬音がぴったりな視線だった。まるでメデューサに睨まれた様に俺は固まってしまう。
俺の姿を確認すると、ジョゼは体ごとこちらに向けて歩いて来る。
うわあ、来るな.....頼む.....。
「ライナー」
そして俺の正面に来ると真っ直ぐに見上げながら名前を呼ぶ。
「何処へ行くの」
「え、えーと、ちょっとそこまで....」
「ふうん。図書室に行くなら一緒に行こう。」
「いや、図書室に行くとは一言も「行こう。」
俺の手を引いて歩き出すジョゼ。俺の意見は無視かい。いや、行き先は合っているんだが....
はあ、この女に関わる様になってから何度溜め息を吐いただろうか。
そして.....図書室で向き合って課題をこなしている最中も、相変わらずジョゼは俺の事を見つめて来る。
冷や汗が背中を伝うのが分かった。お前....俺じゃなくて教本を見ろよ....。
「ライナーは字が綺麗だね」
ジョゼは俺のノートを見下ろしながら呟いた。
「そ、そうか?字なんて誰が書いたって一緒だと思うぞ....」
そこでジョゼは無言で自分のノートを開いてみせた。うわあ.....
「すまん。どうやら例外もある様だ.....。」
「あと、復習も予習もちゃんとしてる」
「それ位は誰だってするだろう。」
「兄さんはあんまりしないよ」
「まあ、ジャンだしな....」
「............。」
ジョゼは頬杖を付いて更にまじまじと俺を見つめる。何かを思索している様だ。
「やっぱりライナーは私の思った通りの人だなあ....」
「.......ん?何の事だ?」
「言葉のままだよ....」
そう言うと、ジョゼはようやく教本に視線を落として課題に取りかかり始める。
.....本当に字が汚い....いや、それを通り越して暗号みたいだ。
ようやく自分から視線が外された事に安堵してジョゼの事を見下ろす。
思えば彼女の事をまともに長時間眺めたのは初めてだ。
........目付きは確かに鋭過ぎるし、ジャンに似てるし....と思っていたが、そこそこ綺麗な顔をしている。
ああ、睫毛は長いな.....
俺の視線に気付いたのかジョゼが顔を上げてこちらを見た。
一瞬ぎょっとしたが、慣れとは恐ろしいもので....いつもよりは、怖く感じなかった。
*
夕食時――――
俺達は図書室からそのまま食堂へと向かった。
何となくそのままの流れでジョゼは俺の隣に着席する。
「ん?珍しい組み合わせだな」
「あ、ほんとだ」
そこにジャンとマルコがやってきて向かいに着席した。更にベルトルトがジョゼの隣に座る。
「うん、私....最近、なるべくライナーの傍にいたいと...そう思うんだ。」
ジョゼがジャンに向かって言う。しかしこの兄妹....揃いも揃って凶悪な顔しやがって....
「?なんでまた」
ジャンが不思議そうに尋ねる。.....正直、俺も相当気になっていた所だ。
「それは.....」
ジョゼが俺の事をちらと見上げて来る。それから俯いてテーブルに乗せた自分の手を見つめた。
.......ん?耳が、少し....赤い?
「........ライナーの事が、好きだから」
間。
「はああああああああああ!!!???」
一番最初に反応を示したのはジャンだった。
席から立ち上がってジョゼへと詰め寄る。
「おまっ、そんなオレは.....」
そして俺の事を見つめる。それはもうジロジロと。
「許さねえぞ!!第一オレはライナーの兄貴になるなんて願い下げだからなあ!!」
「俺だってジャンの弟は願い下げだ」
.....というか一番パニックになってるのは俺なんだぞ。ああ、とんだシスコンぶりだ。
「落ち着きなよ、ジャン。」
そこにマルコ。いつもの様に微笑んでいる。
「またいつものジョゼの愛情表現の類いだよ。ジョゼは誰に対しても好きって言うんだから....友達としての好きだろう?ジョゼ。」
マルコの言葉にジョゼは少し考え込む様な仕草をする。
「..........男性としてライナーが好き。」
彼女のその言葉にマルコの笑顔に亀裂が入る。それからよろよろと机に力なく突っ伏し、泣いた。
「何だよお前、オレと結婚するって言ってた時代を忘れたのか!!あの頃の澄んだ瞳のお前は戻らないのか!!!」
「なっ、兄さん...何でそんな事を今...恥ずかしいからやめてよ...。第一5才位の時の事じゃない....!」
「いーや、忘れもしないね、あれは10才だ。何だ遂最近までオレと風呂に「駄目、駄目だよ兄さん!!そんな事言ったら!!!」
「兄妹は結婚できないよ、ジャン。」
立ち直ったマルコがジャンの肩にぽんと手を置きながら言う。
「うっせえ。告白する勇気もない誰かさんとも永遠に結婚できねーよお!ばーか!」
「なっ....その内やるさ、その内....っていうか今はそんな事言ってる場合じゃ無いんだ!!」
マルコも立ち上がってジョゼの肩をはっしと掴む。
「ジョゼ.....。本気なのか....?何が目的だ....!?」
「目的ってお前....」
ジャンが後ろでぼやく。
「.....本気だよ。私はライナーが好き。目的は....強いて言えば.....ライナーの身体....かな。」
からだ。
様々な想像もとい妄想が一同の頭を駆け抜けた。
「ライナーには....色々教えて欲しい。」
い、色々......?
ジョゼのその言葉に、更に凄まじいもの達が各自の脳内に降臨する。
「ジョゼ.....考え直しなよ!!」
少しの間ショックのあまり気絶していたベルトルトがようやく気を取り直してジョゼの手を握って詰め寄った。
「ライナーと君とか.....嫌だ、想像したくも無い...!やめてくれ、僕の紙メンタルにこれ以上穴を開けないでくれ...!」
「君は相当メンタル強い方でしょう...。顔の皮も分厚いし」
「いつからそんな悪い事を言う様になったのこの子は!全く全く全くもう!」
「痛い痛い、頬が伸びる」
「うるさい」
そこに静かな声が響く。
「......ミカサ」
頬がベルトルトによって伸び切った状態のジョゼが声を発した人物の名を呼んだ。
「ジョゼが可哀想。こっちに来ると良い。」
ジョゼの腕をぐいと引っぱり立たせると、凄い力で引きずっていこうとする。
「待て、ミカサ。」
ジャンがそれを止める様に声をかけた。
「何」
短くミカサがそれに応える。
「今ジョゼについて大事な話をしてるんだ。勝手に連れて行かれると困る。」
「何だ、またお前のシスコンが始まったのか、良いじゃねえか、偶にはオレ達にもジョゼを譲れよな」
ミカサの後ろからひょいとエレンが顔を出した。
「違っ、オレはシスコンじゃねえ!妹想いなだけだ!!」
((((((.....どこが違うんだよ))))))
みんなの心がひとつになった。
「とにかく....今は本当に重要な事を話してるんだ。悪いがお前等にジョゼを連れて行かれる訳には行かねえんだよ」
「その重要な事とは....?」
ミカサが抑揚の無い口調で尋ねる。
思わずジャンは口ごもった。そしてちらりと俺を見る。
「だ、駄目だ.....。言えねえ....。言ったらその現実を認めた事になっちまう.....」
へなりと先程のマルコの様に突っ伏す。
「ミカサ、それはね....私がライナーの事を好きって事かな.....」
しかしそれは本人の口によって呆気なく言われてしまった。
ミカサは目を2、3回瞬かせてジョゼの事を眺める。しばし二人はそのまま見つめ合った。
そしてミカサは.....ゆっくりゆっくりと俺に視線を向ける。一点の光を灯さない....宇宙の彼方の様な暗い瞳を.....
「ライナー」
普通の声量の音声なのに、何故だかテーブルの上の食器がかたかたと揺れる。まるで地鳴りだ。
やばいやばい。ジョゼ以上の迫力だ。
「貴方....ジョゼに、何をしたの....?」
「いやっ、俺は何も.....」
「嘘を吐くと後が酷いわよ....。」
「本当だ....、信じてくれ....!」
「嘘よ.....。何かジョゼに嫌らしい事をしたんでしょう....」
「いやいや、人の話を聞きなさい。こら、ミカサ。」
「......問答無用で、肉を削ぐ。」
「おい!!手に持ったフォークで何をするつもりだぐえ」
「おぉお......」
目の当たりの惨劇をどうする事もできずに見つめるジョゼ。
その肩にエレンがぽんと手を置いてにっと笑う。
「オレもジョゼが好きだぞ。」
「.............。」
ジョゼはしばし無言で彼を見つめた後、淡く笑って「私も」と応えた。
(......ああいう風に何の気兼ねもなく言えたら楽なのになー)
どこかの誰かがその光景を見つめながら胸の内で考えていたそうな。
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