「......何だか、お腹が.....痛い....かも。」
ある日の朝、ジョゼが顔をしかめながらマルコに訴えた。
彼の寝起きでぼんやりとしていた頭は一気に覚醒する。
「え......あの、その.....痛いっていうのは.....」
「うん.....。遂に....かもしれない。助産婦さんを呼んでもらっても良いかな....」
「わわわわわわわわ分かった。ジョゼ.....。とりあえず、歩ける?ベッドまで戻ろう....。」
「私は大丈夫だよマルコ.....。とりあえず助産婦さんを.....」
「うううううん。じゃあ、ちょっと行って来るから....」
マルコは何回か壁に衝突しながらなんとか玄関へと向かった。軽いパニックを起こしている様だ。
そして10分もしない内に助産婦の老女を連れて帰って来た。物凄いスピードである。
「.....落ち着いて下さい旦那さん。貴方がしっかりしないと奥さんも不安になってしまいますよ。」
助産婦になだめられる程彼の動揺の仕方は凄まじかった。
「でででででででも、もし彼女とお腹の子供に何かあったらと思うと....」
「大丈夫ですよ。.....ちょっと台所を拝借します。お湯を沸かさないといけないので。」
「あ、あの....僕は何かする事は......」
「マルコ」
いつもの冷静さの欠片も残らないマルコをジョゼが呼び止める。その額には汗が滲み、苦しそうだった。
「ジョゼ、どうしたの。僕に何かして欲しい?」
手を握ってベッドの中にいる彼女に目線を合わせる様に屈むと、ジョゼは柔らかく笑って彼の頬を撫でる。
「私は大丈夫だから。.....マルコ、仕事に行ってきなよ。今日は大事な会議があるんでしょう?」
「それはそうだけど......お前を一人にする訳には....。」
「こら。王に心臓を捧げた憲兵である君が仕事を蔑ろにしちゃ駄目だよ。」
「だが.....しかしだな....」
「マルコ」
ジョゼが再び彼の名前を呼び、もう片方の手も伸ばしてその頬を包み込んだ。
「君はお父さんになるんだから.....しっかりしなきゃ。」
「ジョゼ.....」
「......君の帰りを赤ちゃんと二人で待っているよ。ほら、行ってらっしゃい。」
額をこつりと合わせてそう言われると.....もう何も言えなくなってしまう。
マルコは彼女の手をもう一度強く握り、軽くキスをしてから立ち上がる。
その様子を見てジョゼは嬉しそうに目を細めた。
「.......行って来る。」
そう言ってマルコはもう一度キスを落とす。それは先程とは違い、深く...時間をかけたものだった。
*
「おかえりなさい。」
そう言ってジョゼが微笑む。
怒濤の勢いで仕事を終え、更に走って帰って来たマルコはくたくただった。
「........というか何でお前等が来るんだよ」
そして自分の後ろにいる連中にじとりとした視線を向けながら言う。
「来ちゃ悪いのかよ。俺の姪だか甥だかの誕生日によ」
マルコの視線を避けながらジャンはジョゼの腕の抱かれた赤ん坊の元に近付いた。
「僕の子供に触るなジャン。馬顔が伝染る」
「......随分な物言いじゃねえか....。というかジョゼだって似た様な顔だろうが」
「男と女、どっちが産まれたんだ?」
エレンがその後ろからひょいと顔を出す。どうやらジャンについて来たらしい。
「男の子だよ。」
その質問にジョゼは嬉しそうに答える。
「ジョゼに似てる.....」
恐る恐るミカサが気持ち良さそうに眠る赤ん坊の顔を覗き込んだ。新種の動物を見るかの様な目付きだ。
「キルシュタイン家の血の濃さは凄まじいね。母親にそっくりだ.....。あ、でも髪の毛の色はマルコと同じだね。」
アルミンがそっとその髪を撫でるとくすぐったそうに身を捩るが、一向に起きる気配が無い。
その睡眠の根深さは母親と似たものを感じさせる。
「すごく.....小さい.....。」
興味深そうにミカサが彼の白い頬をつついた。やはり全く目を覚まさない。
「抱いてみる?」
「いいの.....?」
「だ....駄目だよ...!ミカサなんかに抱かせたら赤ん坊の命が危険だ!!」
「マルコは心配性だね....。大丈夫だよ。それに近い将来ミカサも自分の子供を抱く事になるかもしれないんだから...」
彼女の言葉にミカサは仄かに頬を赤らめる。そしてゆっくりとジョゼの腕から赤ん坊を受け取って胸に抱いた。
「どう?」
そう尋ねると、ミカサは小さい声で「......可愛い」と言って微笑む。ジョゼもまた優しく目を細めてその光景を眺めた。
「というかよ....ジョゼにそっくりな男の子って.....つまり、こいつ何年後かにはジャンになるんじゃねえ?」
エレンがぼんやりとその光景を見つめながら呟く。
「成る程...悪くねえな。名前はジェフとかジョセフはどうだ」
ジャンは腕を組んでジョゼの腕の中に戻った自分の甥を見下ろした。
「自分のイニシャルを勝手に名前に組み込むなよ....。これは僕の子供だ。」
「......成長するともっと似て来るかもね.....」
「やめろアルミン。自分の子供の成長を素直に喜べなくなる.....!!」
「まぁいいじゃねえか。親友の事をいつでも思い出せて嬉しいだろう?」
「ジョゼ....!!次は女の子だ!女の子を産むんだ!!」
「そんな急には無理だよマルコ.....。」
「お前等三人は本当仲良いな。」
「そう言うエレン達三人も仲良しだよね。」
「だから何でジョゼはいつもそんなに呑気なんだよ.....!!」
「マルコが心配性な分ジョゼがゆっくりなんだよ。バランスが取れたいい夫婦だと僕は思うよ?」
「ねえジョゼ.....。またこの子に会いに遊びに来ても、良い?」
「勿論だよミカサ。待ってるよ。」
.......マルコがようやく我が子をその腕に抱けたのは、やっとの事で全員を返した後の、随分と夜も更けた時間帯だった。
*
「.......本当に産まれたんだなあ.....」
相も変わらずよく眠る我が子を腕に抱きながらマルコが呟く。
「そうだよ。......きっとすぐに大きくなるよ。身長もマルコを抜かしちゃったりするかもね。」
「うーん。もうちょっとこのままでいて欲しいかなあ....。」
「そうだね....。でも、時が経つのは本当にあっという間だから....。
この子と過ごす毎日を大切にしないとね。」
「うん.....。」
マルコは小さな重みを大切そうに撫でてから窓の外を見上げた。見事な星空だった。
......僕が.....ジョゼに初めて思いを伝えた.....あの日の様な.....。
息子を彼女の腕の中に戻し、そっと額にキスをする。
そして小さく、「お疲れ様」とジョゼに囁いた。彼女は優しく笑ってそれに応える。
月は見えないが、本当に素晴らしい、新しい家族の誕生を祝福する様な星影が輝く夜だった。
お誕生日おめでとう、僕たちの....私たちの....大切な、大切な.......
たらこ様のリクエストより。
「マルコに嬉しいお知らせ」の続編で書かせて頂きました。
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