ジャンと初日の夜
「くっそ、痛え...」
教官に頭突きされて痛む頭をさすりながら俺は食堂の席に着いた。
「まだ痛むの?災難だったね兄さん。」
その隣にジョゼが腰を降ろす。相変わらずの無表情及び凶相である。
この鉄面皮な妹も昔は小さくて可愛げがあって、いつもオレにぴったりと頼りきりだった。
引っ込み思案が祟って家族以外とろくに話せないこいつが、これから一人で生きていけるのか本気で心配になった事もあった。
しかしオレが兵士を目指し始めたここ数年であまりくっついてこなくなり、何でも自分でこなす――悔しい事に俺よりうまくやる事もある――様になった。
少し寂しい様な気もするがそんな感情は断じて認めない。
そしてあれよあれよと言う間に身長も俺と同じ位になってしまった。
おまけに顔が似ているせいで時々女装した自分を見ている錯覚に陥る。気持ち悪りい。
更に言うとこいつの目付きの悪さはオレ以上だ。
無表情さも手伝って近寄りがたい凶悪さを醸しているので、若干孤立気味である。
まぁ変な男に捕まるよりは良いのかもしれないが...。
そんな俺の思考等おかまい無しにジョゼはもくもくと食事を摂る。
その顔面をスープ皿に叩き付けたら少しはその鉄面皮は崩れるだろうか。
...やめておこう。ジョゼは顔に反して温厚で呑気な人柄だが、流石に怒られそうだ。
*
何やら隣のテーブルが騒がしいと思ったらシガンシナ区出身の奴を中心に大勢が集まっている。
巨人について根掘り葉掘り聞かれている様だ。
「巨人なんてな...実際大したことねぇな」人の輪の中心にいたそいつが言った。
いや、お前明らかに強がってるだろ。
「石拾いや草むしりじゃなくてやっと兵士として訓練できるんだ!さっきは思わず感極まっただけだ!
そんで調査兵団に入って...この世から巨人共を駆逐してやる!そして...」
「オイオイ正気か?」
思わず口を挟んでしまった。諌める様にジョゼの手が俺の肩に触れるが無視した。
「今お前調査兵団に入るって言ったのか?」
「あぁ、そうだが...お前は確か憲兵団憲兵団に入って楽したいんだっけ?」
「オレは正直者なんでね...心底怯えながらも勇敢気取ってやがる奴よりよっぽどさわやかだと思うがな」
溜め息をひとつ吐くとジョゼは俺の肩から手を離した。どうやら呆れているらしい。
昔と比べると分かりにくくなったが、何を考えているかはだいたい理解できる。
こいつの表情が読める奴はなかなかいないので、それができるオレはちょっとした優越感に浸れる。
*
晩飯の終わりを告げる鐘が鳴る。
テラスで呆然と立ち尽くしてエレンとミカサの後ろ姿を見送っていると片付けを終えたジョゼが出て来た。
オレのただ事でない様子に少し驚いた様だ。
「どうしたの兄さん」
声をかけながらオレの視線を辿った後、ジョゼは何やら納得した様に頷いた。
「...これはまた高嶺の花に惚れたね...兄さん」
「な、なっ、な、何言ってやがるんだ!!!誰が!!???誰に惚れたって!?」
「兄さんの考えている事なんかすぐ分かるよ。兄さんだって昔から私の考えなんてお見通しでしょう。」
その発言に不覚にも嬉しくなってしまった。
「...当たり前だ。オレを誰だと思っている。」
そう言ってジョゼの頬の片っぽを軽くつねった。
「やめなひゃい。」
オレの手をぺちんと叩きながらジョゼは微かに笑った。
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