.......俺には、苦手な人間が一人いる。
悪い人間でないのは重々承知なのだが.....その、苦手なものは苦手なのだ。
そして、その人物にまつわる事で....最近、非常に困っている事がある。
昼食時――――
........見てる。確実に見られている。
何が苦手って、俺は彼女の人を刺し殺せそうな程凶悪な視線が苦手なのだ。
それに常に見られているとなると気が気では無い。食事も味がしない。とにかく早く食い終わってここを去りたい.....!
「ライナー」
そう思って口に食べ物を詰め込んでいると、隣から声をかけられる。
何かと思って長身の友人の方を向くと、何とも微妙な表情をした彼の姿が。
「それ、僕の」
「.......あ」
.......どうやら焦るあまり彼の食器からパンを奪ってしまっていたらしい。
「.......すまん」
「許さない」
「え」
「今すぐ吐け」
「え?」
「冗談だよ。君が嘔吐する所なんて見たくもない」
(.....何だこいつ)
.....それなりに長い付き合いになるが、こいつの事は未だによく分からん。
ひとつ溜め息を吐いて気を取り直す。....しかしその時に気を緩ませたのが悪かった。
ばっちり彼女と目が合ってしまったのだ。
....................。
怖っ
......何だあの顔....。一緒にいるジャンやマルコはよく平気だなと思わずにはいられない。
しかも兄であるジャンは彼女の事を相当可愛がっている。....可愛いと思う要素があれにあるのか?
それならクリスタとかの方が....
口直しとばかりにユミルの隣で天使の様な微笑みを湛えているクリスタを見つめる。
あー.......癒される。
......しかし....俺の横顔にひしひしと例の凶悪な視線が突き刺さってくるのが分かり、おちおち和んでもいられなくなった。
......何なんだ。何故俺を見る。
俺は何かしたか....?いや、今までできるだけ距離を保って生活してきたのだ。それは無い。
「....なあ、ベルトルト」
「何?僕のパンを勝手に食べても全く悪びれないライナー」
「根に持つなよ!夕食で返すから!!」
「倍返しでよろしく」
「お前は借金取りか!」
「いや.....厳密に言うと借パン取り?」
「そこは拘らなくて良い!」
「ライナー....そんなに叫んでて疲れない?カルシウム不足?」
(うざっ)
......まともに相手をしてはならない。と眉間の皺を揉んで気持ちを落ち着かせる。そして再び彼の方に向き直った。
「.....お前、ジョゼと結構仲良いよな」
「うん。」
「あれは....どういう性格をしてるんだ?」
「そうだなあ......顔が怖い?」
「見れば分かる。あとそれは性格じゃない。」
「ああ性格?とんだブラコンくそ野郎だよ」
「それひどくない?」
「後は.....魚の食べ方が猫かって位綺麗だね。」
「.....どうでも良過ぎる....。」
「物覚えはうんこ以下だし、鈍感でうすのろだし....正直言うと自分でも何で友達してるのかよく分からない。」
「お前、食事する所でうんことか言うなよ.....」
「でも、やっぱり可愛いと思う。」
(.............。)
俺は再び溜め息を吐いた。
......ベルトルトも、相当彼女の事を構いたがる人間だ。奴をそこまで惹き付けるものがジョゼにはあるのだろうか......。
ふとジョゼが居た方向に視線を向けると、もうその姿は無くなっていた。
マルコとジャンの姿も無い。恐らく食べ終わって食堂から出て行ったのだろう。
しかし先程まで俺に注がれていた突き刺さる様な視線だけは...いつまでも肌に実感として残っていた。
*
技巧術のペア演習にて――――
「ライナー」
.......来た。何故俺の方に来る。できる限り関わらず過ごしたいと言うのに。
「一緒にやろう。」
「いや....お前は兄貴と組めば良いだろう」
「兄さんは....」
そう言ってジョゼは俺の背後を指差す。その方向を見るとマルコと仲睦まじく装置をいじるジャンの姿が。
おい!おい!!何故妹と組まない!!お前はホモか!!!
「......俺以外の奴でも良いんじゃないか。ほら、お前は優秀だから....俺だと物足りないんじゃ....」
そう言って説得する様に話しかける.....が、
顔.....!!顔、怖っ!!睨むな睨むな。俺が何をしたって言うんだ!!至近距離だと余計やばく感じる!!
「ライナーが、良い。」
何いいいいい!!!指名されてしまった!!ドンペリ入りまーーーす!!!!
「.....駄目かな。」
駄目です。
「いや......まあ、良い、けど。」
とは言えずに流される俺。だって顔怖いんだもん。
「良かった。よろしく」
.....全然よろしくって顔じゃ無えな。その差し出された手を握った瞬間に願いと引き換えに心臓を引き渡す契約が「よろしく。」
うわあ。俺が握手に応じないからって駄目押ししてきやがった。その顔怖いですほんとやめて下さい心臓でもなんでも捧げますから
「お、おう。よろしくな。」
流されに流されて握手に応じる俺。ひんやりとした彼女の手から俺の体温が奪われて行く様な気分だった。
―――そして黙々と作業する俺達。
.......喋らんかい。
お前が誘って来たんだろうが。場を盛り上げようとせんかい。
沈黙が.....重い。俺は必死に何か話題を探そうとする。しかし.....どう脳内でシミュレートしても上手く行く気がしない。
「ライナー」
「は、はい。」
しまった、何か畏まってしまった。
「......今日は、良い天気だね。」
「.....昨日から外はずっと雨だぞ」
「あ....うん、知ってたよ」
「そ、そうか。」
「......本当だよ。」
「い、いや、そういう事もあるさ。晴れも雨もそんなに違いは無いからな、うん。」
......俺は何を言ってるんだ。そしてジョゼも何を言ってるんだ。
「ライナー」
「な、何だ?」
「ベルトルトは....元気でやってる?」
「......気になるんなら隣を見ればすぐに分かるぞ。」
「...........。」
ベルトルトの方をしばし見つめるジョゼ。ベルトルトもそれに気付いたのか彼女を見つめ、軽く手を振る。ジョゼもそれに振返した。
「......元気だった。」
「そうか、それは良かったな。」
「「.................。」」
またしても沈黙が俺達を覆う。
.....それにしてもこの女、本当に謎だ。会話に脈絡が無さ過ぎて成り立たない。そして顔の怖さは相変わらず。
しかし.....ジョゼは成績からも分かる通り技巧術の技術だけはトップレベルだ。
手元を見つめると、最後のボルトを閉めて作業を終えた所だった。丁寧な仕事がなされた事がよく理解できる出来だ。
「流石だな。上手いもんだ。」
それを見ながら純粋に感心した様に零すと、ジョゼがかっと目を見開いてこちらを見た。怖っ
俺....何かした?
「......ありがとう。」
しかしその口から出たのは思いも寄らぬ言葉だった。
「ライナーにそう言ってもらえると、何だか嬉しい.....」
先程より小さな声で呟かれたその言葉。
聞き間違えかと思ってジョゼを二度見するが、相も変わらず無表情なので真偽の程は定かでは無い。
「流石だなあ、上手いもんだよ」
そこにジョゼの頭にのっしと腕と体重を乗せながら同じ事を言うベルトルト。
「.....ありがとう。本当?」
「うんうん。百点満点です。あれ?僕には『ベルトルトにそう言ってもらえると何だか嬉しい』は無いの?」
「あ、うん。」
「........顔が怖いので百億万点減点」
「そんな減点方聞いた事ないなあ.....」
じゃれ合う二人を見ていると、ジョゼが悪い奴では無いと言うのは確かに理解できる....。
だが一度感じてしまった苦手意識は中々拭えないもので.....それに、彼女が急に俺との距離を詰めて来たのがどうも気に掛かる。
もしや俺の避け方が露骨過ぎて、その恨みを果たす為に....いやいや、怖過ぎる。
だがその可能性も無きにしもあらずという訳で.....
俺は胃に重たいものが落っこちて来た様な気分を引きずりながら、その日一日を過ごしたのであった....
→