「大分腕の調子が良くなったみたいだね」
右腕のリハビリに付き合ってくれていたジョゼが口を開く。
ジャンとジョゼの兄妹が調査兵として壁外へ行っている期間、僕の体も随分回復した。
一番損傷の酷かった右腕以外はほぼ全快したと言って良い。
そして僕らは相変わらず仲が良い。暇を見つけては毎日の様にこの病院に通ってくれる兄妹が、僕は大好きだった。
変わらない笑顔。変わらない過ごす時間の楽しさ。
ただ、変わった事もある。それは、僕とジョゼが―――
「マルコ」
窓の外をベッド脇の椅子からぼんやりと眺めながら彼女が僕を呼ぶ。
「.....外は、もうすぐ冬になるんだね....」
早いものだなぁ....と、何処か大人びた表情で言うジョゼに対して僕はただ頷くしか出来なかった。
初めての壁外調査、そして一連の事件が終わり....彼女は少し口数が減った気がする。
最も、元からそこまで喋る方でも無かったのだが.....
無理も無いとは言え、やはり僕は心配だった。時々今の様に遠くを見つめる君が、知らない女性の様に感じて....
「ジョゼ」
僕がベッドの上から名前を呼べば、彼女はこちらに視線を戻してそっと手を握ってくれる。
その様子にほっとした。良かった。いつものジョゼだ.....。
「.....どうしたの」
優しく問い掛けてくる彼女の瞳をしばらく見つめた後、ゆっくりと一言「....抱き締めても、良い?」と尋ねた。
ジョゼは目を閉じて少しの間逡巡した後、静かに...けれど確かに一回頷いて再び僕を見つめる。
早くも頬を薄く朱色に染めて俯いてしまった彼女の背中にそろりと左腕を回す。
やがてジョゼも僕の体に腕を回して来た。不器用な仕草が少し可笑しくて喉がくつりと鳴る。
首筋に顔を埋めてきた彼女の耳はやはり赤い。
髪をそっと撫でてやると、指に触れる柔らかいそれ等がとても心地よかった。
「.....まだ慣れない?」
耳元で囁けば微かに上下する頭。ジョゼはこういう所が凄く可愛いと思う。
そう、僕らは晴れて想いを伝え合って、恋人同士になった。
大好きなその...優しい声で、君が自分の気持ちを伝えてくれた時の泣き出しそうな顔を...僕は昨日の事の様に覚えている。
しばらく僕らは抱き合ったまま静かに互いの温もりを感じていた。
呼吸に合わせてジョゼの胸が上下するのが分かる。
柔らかな体、白い項、心地良い体温。
その全てがずっとずっと欲しかったもので、生きていて良かった、と.....心の底から強く、そう思うのだった....
「マルコが眠っている間....君の夢を沢山見たんだ...。」
やがてジョゼは体を少し離し、鼻と鼻が触れ合う程の距離で囁く様に話しだした。
「でも、私は夢なんかじゃ嫌だった....。」
ジョゼの声が少しだけ震え、僕の頬にその指先が触れた。
「やっぱり息をして、温かい....触れる事のできる....君じゃなきゃ駄目なんだよ、マルコ....。」
僕の服をぎゅっと握りしめてそう言う彼女は酷く切なそうだ。
.......愛しい。
その一言だけが胸を埋める。
言葉では僕がどれだけ君の事を想っているのか伝えられそうにも無かったから、彼女の後頭部にそっと左手を添えてキスをした。
驚いた様に強張るジョゼの肩。....本当、ちょっとは慣れてくれないと....色々困るんだけれどなぁ....
少しして静かに唇を離すと、彼女は呆然としながら口元を覆った。
......突然過ぎたかな?
困らせてしまったか....とやや反省していたが、 やがてジョゼは手を下ろしてその目を少し伏せる。
長い睫毛に影ができ、耳だけでなく頬にまで朱色が滲んでいる様が色っぽい。
「.......好き。」
そして呼吸の様な小さな声で呟いた。その言葉は確かに僕の耳に届く。
「........大好き。」
今度は先程より大きな声だ。彼女が僕の服を掴む力は更に強くなる。
「.....どうしよう。マルコの事が、私は大好きだよ.....」
そう言ってジョゼは、泣いている様な、笑っている様な.....何とも言えない顔で僕を見上げた。
「......僕も....」
微かな声が自分の口から漏れた。
「.....僕も、君の夢を沢山見た....。」
ずっとずっと、長い間、君だけの夢を.....
「夢の中の君はいつでも優しく微笑んでくれていたけれど....」
もう一度そっとその体に腕を回す。片腕しか使えないのがもどかしかった。
「やっぱり僕も、こっちの君の方が良い。」
ジョゼが僕の腕の中に収まると、自然と笑みが零れた。
「ジョゼ、好きだよ.....」
生きていて、良かった。
「......うん。ありがとう....」
君と、会えて良かった。
「大好き.....。ジョゼは、本当に可愛い....」
想いを伝える事が出来て、良かった。
「....そんな事言ってくれるのは、マルコ位だよ」
「そうだね....」
「.....ちょっとは否定して欲しい...」
「それで良いんだよ...。君の事を好きな変わり者は、僕だけで良いんだ....。」
「そっか....」
「そうだよ.....」
ジョゼが笑う気配がする。だから僕も笑って、この愛しい存在に頬を寄せた。
......確かに夢の中より現実の君の方が何百倍も素敵で可愛い。
それでも、今夜もまた....瞼のうらで君に会える様に願わずにはいられないのだった。
どうせ見るなら、君の夢が.....僕は見たい。
そして君もまた同じ気持ちなのだろうと、今なら自信を持って言う事ができるから.....
『瞼のうらでも君が恋しい』をお題に書かせて頂きました。
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