「良かったね。いいものが買えて。」
街は茜色に染まり、用事を済ました二人は例の十字路へと戻り、ベンチに腰掛けていた。
「ジョゼのお陰だよ。今日はありがとう。」
マルコは柔らかく笑いながら傍の自販機で買った冷えたココアをジョゼに渡す。彼女もそんな彼を見て表情を和らげた。
「......実を言うと、私....マルコの従妹の人がね....ちょっと羨ましかった」
「.......え?」
その言葉にマルコの缶を口へ運ぶ動作が止まる。
「だって君があんな真剣に贈るものを選ぶんだもの....すごく大事に想われてるなって....」
ジョゼは缶に付着した水滴をつ、となぞりながら溜め息を吐いた。
「でも、今日は凄く楽しかったし、マルコが嬉しそうだから....これで良かったんだって.....
何が言いたいかというとね、君が嬉しいと私もすごく嬉しい....」
彼女の言葉にマルコは思わず息を飲んだ。
「ジョゼ.....あの、僕は....「よう」
彼の言葉に聞き覚えのある声が被ってきた。
「.......兄さん」
声がした方へ視線をやると、丁度ジャンが片手を軽く上げてこちらへ歩いて来るところだった。
「ジャン.....何でここに.....」
「あぁ、最初っから付けてた。」
事も無げにそう言いながら彼はジョゼの隣に着席する。
「マルコ」
そして妹を挟んでマルコの方をひたと見つめた。
「......悪いとは言わないがこういうのはあんまり賢いやり方じゃねえぞ。お前らしくも無え」
「.......あぁ。分かってる」
「今日の所は帰ってやるよ....。後は任す。」
「うん.....。悪いな」
ジャンはジョゼの手の中からココアを当たり前の様に取り上げると、それを飲みながらスタスタと十字路の先へと立ち去ってしまった。
ジョゼは兄の後ろ姿を呆然としながら見送る。マルコもまた苦笑しながらその様を見ていた。
「ジョゼ」
そう呼ぶと彼女はゆっくりとこちらに視線を戻す。当たり前だが困惑の表情を浮かべていた。
「ごめんジョゼ.....僕は今日、嘘を吐いた。」
「え......?」
ジョゼの困惑の表情はさらに色濃くなる。
「僕には従妹なんかいないんだ。」
マルコは自分の手元に視線を落としながら言葉を紡いだ。
「.....君と出掛ける理由が欲しかっただけで.....」
ジョゼは黙ってそれに耳を傾ける。
「どんな切っ掛けでも良い。二人きりになりたかったんだ....。
正直にそう言えば良かったのに、いざ君の前に立つと何も言えなくなってしまってさ.....」
マルコの手の中で缶の表面を水滴が滑る。
「誘い過ぎたら変かな、とか....ジョゼは嫌がらないかな....とかそういう事ばかり考えてしまうんだ....。
だから、何でも良いから口実が....理由が欲しかった。
ごめん....。その所為で、君に嫌な思いをさせてしまった....」
「ふっ.....」
しかし真剣な彼に反して何故かジョゼの口からは笑いが零れた。
「え......?」
当然マルコの頭上には疑問符が浮かぶ。
「笑っちゃってごめんね。.....不安だったのは私だけじゃ無かったんだ、って何だか安心しちゃって....」
ジョゼは淡く笑いながらマルコの事を見つめる。
「理由なんて...マルコが私に会いたいって思ってくれだけで充分だよ....」
彼女が白い手をそっと伸ばして来る。それに応える様にマルコも自分の膝からそろりと手を伸ばした。
「私....今日、朝からどの洋服にするか凄く長い時間悩んで....鏡の前で変じゃないか何度も着替えて....
髪を梳かしたり、ヘアピンを選んだり.....玄関で靴を選ぶのだって随分もたついてしまったんだ。」
二人の手がベンチの上でそっと重なる。じんわりとした温かさが心地良い。
「君の目に、可愛く映りたかったから....。どう思われるか、凄く不安だった。
でもそうやって悩む時間も何だか楽しくて、マルコを想いながらやる事が全部私にとっての特別だった...。」
ジョゼの言葉に耳を傾けていると顔が熱くなってくる。
......彼女はこういう時だけ饒舌になるのだから、本当...困ったものだ。
「私だってもっと一緒にいたいよ.....。
それに....私たちは、ほら....お付き合いしているんだから.....」
その言葉はどんどん小さくなっていく。グレーの髪から覗く耳は赤かった。
(あ........)
僕は、何を今まで悩んでいたのだろう....
こんな嘘まで吐いて.....
何だ。簡単な事だったじゃないか。
ジョゼはいつだって僕の事を想ってくれてたんだ...。
「ジョゼ.....」
何だか僕も可笑しくて笑ってしまいそうになる。
「ジョゼ、今日の服、凄く可愛い。」
「そ、そうかな....良かった。」
僕らなら、大丈夫。
「これはジョゼにあげるね。」
素直な気持ちで好きと伝えれば、それだけで大丈夫。
「これ....今日買ったやつ....。いいの...?」
「僕に従妹はいないからね。それに途中から自分の嘘を忘れてジョゼに似合うものを探しちゃってたし...」
「ありがとう。何だかマルコにはもらってばかりだね....」
「そんな事ないよ。僕の方こそ....ありがとう。」
「.....また遊びに行こうね。」
「あぁ....。今度はジャンに内緒にしといてくれよ....」
「.......そうだね。」
「ジョゼ」
「なに?」
「それ、つけてよ」
「.......うん。」
ジョゼは少し照れながら包装紙をそっと開ける。以前ハンカチをあげた時もそうだが、彼女はいつも包装紙を丁寧に扱う。尋ねてみると、嬉しかったプレゼントの包装は取っておくのだそうだ。
「どうかな....?」
彼女の胸元には今日自分が買ったものがある。銀色の細い鎖に白い小さな菱形の石。恐らくガラスでできた安物だろうが、それでもジョゼはとても喜んでくれている。
「そんなに見ないでよ.....何だかこそばゆいな....」
いつか、もっとちゃんとしたものを買ってあげるから.....
「ジョゼ....すごく可愛い。」
それまで待っていてね.....
「ジョゼが好き。........大好きだよ。」
そう囁いて頬にキスを落とせば、彼女は一層恥ずかしそうに目を伏せ、蚊の鳴くような声で「私も....」と応えるのだった....
リー様、きーのん様のリクエストより
マルコとデートする話。しかし心配性なジャンがその後をストーキングするで書かせて頂きました。
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