「....今日はまたどうしてこんな時間に」
一応紅茶を淹れ、二人はマルコが買って来た苺のショートケーキを食べる事にした。
彼はまだ酔いが抜けていないのか、終始ニコニコとご機嫌である。
「ん?ちょっと上官に付き合ってたら遅くなっちゃって。ごめんね寂しかったでしょ。泣いた?」
「.....泣いてない」
「ジョゼは分かりやすいね。素直にならないのは良くないな」
「....泣いてないったら」
「....ふーん。君は僕を想って泣いてくれなかったんだ。僕らの愛はそんなものだったんだね。」
「何でそういう意地悪な事を言うの...」
「冗談だよ。これあげるから機嫌直して」
マルコはへらりと笑いながら、自分のケーキの上に乗っていた苺を指で摘んでジョゼの口元に差し出して来た。
「....お皿の上に置いてくれないかな。」
ジョゼは少し困った様にそれを眺める。
「良いじゃないか。食べてよ。...それとも食べさして欲しい?」
「....いや、それは良い。」
先程の様に口移しで食べさせられるのは何としてでも回避したい。
だが、彼の手から直接食べるのも恥ずかしくて嫌だ。
.....マルコが深酔いするとここまで面倒くさくなるとは...
「......ジョゼは....僕の事、好き?」
「へ?」
突然の問い。...好きでなかったら結婚などしない。
「........好きだよ。」
「.....え?聞こえないな」
「......好きだよ!好きに決まってるじゃないか」
「じゃあさ、なんで食べてくれないの」
「なんでと言われても.....」
「.....好きなら、食べてよ」
この上なく寂しい声色で言われて、ジョゼの心はぐっと傾いた。
マルコにこの声を出されたら最後、彼女は無条件降伏するしかないのである。
ゆっくりと隣に座る彼の方に体を向け、その指先の苺に顔を近付け、唇で食んで受け取った。
その様子を見て、マルコは嬉しそうに「うん、良い子だ」と微笑む。
一方ジョゼは苺を嚥下し終わるとソファにその身を預けてぐったりとしてしまった。
酔っている彼は心臓に悪い....。もう疲れた.....。
「僕もさ.....ジョゼが好きなんだよ....」
ぽつりとマルコがそう零す。
「でも....おかしいな。やっぱり違う....。」
「........?」
彼のいつもと少し違う(もっとも先程からそうなのだが)様子にジョゼはソファから身を起こして彼の横顔を見つめる。
「君と僕の好きは....訓練兵の頃は確かに違った....。でも、今は...ようやく同じ好きになって...一緒になった筈なのに...」
マルコは言葉を紡ぎながら自分の食べかけのケーキをぼんやりと見つめる。
「最近気付いたけど....僕らの好きは...まだ少しだけ違うみたい」
「マルコ....?」
彼は自分のケーキの生クリームを少量指で掬うと、迷いの無い動作でそれをジョゼの頬に塗り付けた。
「!?」
驚くジョゼの両手を掴んで抵抗できない様にするとマルコはそれを舌で丁寧に嘗めとる。
「!!?」
彼はしばらく頬を嘗め続け、最後に軽くそこにキスを落とすと、「僕の好きは...ジョゼの好きよりもっとずっといやらしいんだ。」と言って微笑んだ。
「なっ....!?君....悪酔いもいい加減にしなさい....!!」
「酔ってるからこういう事言ってる訳じゃ無いんだよ。いっつも...もっと凄い事したいって思ってる。」
彼女の両手を片手に纏め上げるとマルコは先程より多量のクリームを指で掬う。
ジョゼは嫌な予感を感じて首を左右に振って拒否の意を示すが、それは聞き届けられる事は無く今度は首筋に白いクリームが塗られた。その冷たさに思わず身震いをしてしまう。
彼は再びジョゼの体の上のクリームを丁寧に嘗めとっていく。ここまで執拗に首筋を嘗められる体験など初めてで、目をきつく閉じてその行為を必死で耐えた。...抵抗しても今は無意味だ。
時々「かわいい、ジョゼ、すごくかわいいよ」というマルコの声が荒い息づかいの中で聞こえる。
....まずい。完全にスイッチが入っている声だ。
一通り満足したらしい彼が顔を上げてジョゼと目線を合わせて来る。
「不思議だよね....。僕が君の事好きになってからもう10年も経つのに...飽きるどころかどんどん想いが強くなっていく....。」
そっと両手を纏めていた手が解け、腕がジョゼの体に回った。
先程の強い拘束が嘘の様な優しい抱擁だ。
「こんなんじゃまだまだ足りない....。もっとジョゼが欲しいよ...。」
譫言の様にそう言いながらマルコはジョゼの唇をゆっくりと食む。
「ジョゼが好き。本当に好き。」
頬に顔を寄せて小さな声で呟いた後、マルコの体からぐったりと力が抜ける。どうやら遂に体が限界を越えて眠りの世界へと旅立ってしまった様だ。
「..........。」
ジョゼは自分の体に覆いかぶさって寝息を立てる夫を呆れ半分、愛しさ半分で眺めた後、溜め息をひとつ吐いた。
「違くないよ、マルコ」
彼の体の下から抜け出し、淡く笑いながらマルコの体をソファに横たえる。
「私だって、君にはもっと沢山触れてもらいたいんだよ。だから...違くなんかない。同じ好きだよ。」
そう囁きながら彼のシャツのボタンを三つ程開けて、首元を楽にしてやった。
今からだとちょっとの時間しか休めないが...少しでも心地よい睡眠を取る事ができれば....。
更に寝室から毛布を持って来てその体にかけてやり、そっと彼の髪を撫でた。
(もう少し私に力があれば君を寝室に運ぶ事ができるのだけれど....。今はこれで我慢してね)
「....お仕事お疲れ様。マルコ、愛してるよ」
耳元で小さく言葉を零した後、頬にそっと口付けをする。
.....想いがどんどん強くなっているのだって、全く同じだよ。
私と君は、同じ想いを抱いているんだ...。だから安心してね、マルコ...。
ジョゼはソファ近くの床に座り込んでしばらくマルコの寝顔を見つめていたが、段々とその目蓋は閉じていき、彼の顔の近くに突っ伏してすっかり眠り込んでしまった。
やがて空は段々と金に色付いて行き、優しい夜明けの光を室内に投げ掛けて来る。
起床時間となっても二人は穏やかな寝息を立てて眠り続け、本来自宅を出発している筈の時間を大分過ぎた頃にようやく目を覚ました。
大遅刻をかましてしまったジョゼは上官のリヴァイに辞書の角で殴られた上に向こう一週間の便所掃除を課せられる事になる....
結婚後ifで、マルコが事あるごとにキスしてくるというリクエストより。
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