「体の傷は二月程で完治しますが....一番損傷の激しい右腕は....」
「治らないんですか.....?」
「いいえ。治りますが....最低でも1年のリハビリが必要です」
「1年....!?そんな、何で....だって右腕は全然痛くないんですよ....!?何故1年も...!!」
「.....痛くないというのがおかしいと感じませんか...?体よりも深い傷があるんですよ....」
「え.....」
「神経が傷付いているんですよ。きっと今は、満足に指を動かす事もできない筈です....」
*
「よ」
片腕を上げてジャンが病室に入って来た。その後ろにジョゼもいる。
挨拶もそこそこに、二人はぼんやりとしている僕のベットの脇にある椅子にがたりと腰を下ろした。
また来るとは言っていたが、こんな早くに再び訪れるとは.....
「具合はどう.....?」
「....うん....」
....大好きな彼女の言葉にも満足に答えを返せない。それ位、今の僕は上の空だった。
「....これ、今日来る時に兄さんと買って来たんだけれど....」
ジョゼがそっと目の前に小さな花束を差し出してくる。
あまり高くはないものだろう。一重の花の根元を水で濡らした紙で包み、紐で留めただけの素朴なものだ。
「......ジャンが.....?花屋に......?」
....何とも言えない光景が頭をよぎる。
「.....悪いかよ。こいつがどうしても買って行くって聞かねーからよ」
指先で妹の頬をぐりぐりと押しながらジャンが答えた。
ジョゼはされるがままのんびりとこちらを見つめている。
.....何となく、この兄妹の仲が良い理由が分かった気がした。
「だって、どんなところでも花があるのは良い事だよ。」
ようやくジャンの手が離されたところでジョゼは立ち上がり、病室を出て行く。
恐らく花瓶を借りてくるのだろう。
病室には、ジャンと僕と僕の手の中の小さい花束が残された。
「.....花なんてじっくり見たのはいつぶりだろうな....」
それを見つめながら呟く。
「.....お前の怪我の調子がもう少し良くなったら外へ散歩にでも行こうぜ....。
やっぱり切り花より生きてる花の方が綺麗だから.....」
ジャンが少し照れくさそうに言う。
本当、彼はただひたすら優しくて....それでいて少し不器用だ。
*
病室の白に、ひとつ彩りができた。
薄い黄色の花瓶に生けられた花は、確かにここは現実だという安心感をもたらしてくれる。
用事を済ませたジョゼは再び椅子に着席する。
「ありがとう」
と呟けば、嬉しそうにその目が細められるが.....すぐにその表情は心配そうなものに変化した。
「マルコ....何かあったの....?」
優しく僕の髪を梳きながらそう聞いて来る。
隣のジャンも、同じ様にこちらを気遣う表情を向けてくれていた。
「......腕が、動かないんだ.....」
ぽつりとそう零す。それが言葉になった途端、不安がようやく形を持って胸に去来した。
「.....動く様になるには、最低でも1年のリハビリ期間がいるって....」
僕の言葉に、二人はショックを隠し切れない様だった。
しばらく互いの目を見つめ合ったあと、もう一度こちらを向く。見事なまでに反応がシンクロしていた。
「.....それは....辛いな.....」
ようやくジャンが口を開く。
「.....マルコ。オレ達、なるべく毎日ここに来る様にするよ....」
「......え?」
「そうだね。どっちかが来れない時も片方は必ず行くよ....」
「な、なんで.....?」
「多分リハビリで一番辛いのは精神だろ。一人じゃきっとキツい....。」
「私達はマルコに沢山助けられたから....今度はそれを返すよ...」
「.....でも、悪いよ....」
「.....オレ達も壁外調査があるからな....まぁ、ひとまずあとひと月ってところだが」
「....え?」
その言葉に、耳を疑った。
壁外調査.....?それは調査兵団の仕事じゃ.....
君たちは....憲兵団に入団した筈だろ.....?
「あぁ、言ってなかったか。オレもジョゼも、調査兵団に入ったんだよ。」
.....言葉が見つからない。
だって、あの調査兵団だぞ....?
そして壁外調査.....?.....冗談じゃない....!!
「.....な、何でそんな事を.....」
ようやく絞り出した声は震えていた。
「.....まぁ、思うところがあってな...」
ジャンの隣でジョゼも静かに頷く。
「で、でも....壁外調査なんて....!死ぬかもしれないのに.....」
「.....大丈夫だ。ジョゼはオレが守るし、オレの事もジョゼが守ってくれる。」
「必ず生きて帰って来てみせるよ。約束する.....」
取り乱す僕に反して、二人は気味が悪い位落ち着き払っていた。
....そうか。二人は、僕が知らないうちにまたひとつ絆を強めたのだ......。
揺るぎないそれを見せつけられて....ただ、彼等をとても遠く感じるのだった.....
まるで、僕だけが置き去りにされた様な.....
*
それからジャンとジョゼは本当に毎日病室を訪れてくれた。
訓練を終えた後に来るのでそれはいつも遅い時間だったが....
疲れているだろうにそれを微塵も感じさせず、看病やリハビリに付き合ってくれる彼等には感謝の言葉も無い位だ。
二人が来てくれるととても楽しかったし、昼間一人でいる時の憂鬱な気持ちも嘘の様に晴れていく。
それでも....心の片隅にはいつも痼りの様な固くて痛い不安が居座り続けているのだ....
....置いて、行かないで.....
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