間違い探し



家康はこのクラスの太陽だ。いや、この学校の太陽だ。近くに居たり、話しているだけでぽかぽかと日向にいるような感覚になる。共に居れば自然と笑みが零れる、そんな暖かい人物として名高く人気がある。そして頭も申し分無い程度に良く、運動神経も良い。性格もとても優しく困っている人がいると手を差し伸べてしまうようなスーパーマンであり、皆のアイドルでもあるのだ。そんな彼だが、本人は自分の評価など気にせずクラスメイトや話しかけに来るファン、どれも平等に接するし自分は凄い人だぞ!等とも思わせない素振りどころかそんな風に見るのはやめてくれ、ワシはお前らと一緒だ!などと爽やかに言うのでそういった所も心を鷲掴むポイントでもあり、本当に素晴らしい人だ。ひと言で纏めるならばまさに“権現様”である


「(…な筈、だよねー?)」


こっそりとため息をつきながら、黒板を拭いている家康をちらりと見る。背も高い彼は上のほうも楽々届くようなのですいすいと黒板を綺麗にしているが鎌子の心は一向に綺麗にならない。それどころかごちゃごちゃと塗りつぶされていくばかり。掃除されて捨てられていくチョークの粉が、心に移って来ては汚していくような感覚。家康が黒板消しでさっとひと撫でする毎に鎌子の心にもさっともやもやが降りかかってくる。同じ教室にいながら反比例している、不思議な空間。それでも変わらず同じなのは窓から入ってくる夕日の色だけ

席が隣同士の家康と鎌子は、順番が回ってきて本日めでたく日直という至極面倒臭い当番になった。毎時間号礼をして、黒板を綺麗にして、先生に頼まれ事をされたら率先して引き受け、日誌を書かなくてはいけない。そんな面倒臭い仕事もほぼやり終え、放課後になった今は教室に残り最後の仕事をしている真っ只中である。普段はあまり話さなくても日直という当番になった日は仕事を割り振る為だったり何だったりで隣の人との会話も自然と増える筈なのだが、家康と鎌子は全く会話という会話をしていない。それは、今日だけに限らず、毎日そうなのだ


「…い、家康君黒板掃除し終わったなら先に帰ってても、いいよ?」

「……いや、いい」

「え、あ、えっと、でも…あと日誌書いて出すだけだから。それに、仕事ほとんどしてくれた、し…」

「いいから早く書き上げてくれないか?」

「あ、うんごめんね…」


会話をすると、いつもこうなる。クラスの皆に太陽だアイドルだと言われる笑顔は形を潜め、ただ真顔の彼の顔が鎌子の前にはいつもあるのだ。そしてぽかぽかと暖かい日向のような雰囲気も当然存在する筈もなく、いつも日陰。はっきり言ってしまうと、家康は鎌子に対してとても冷たいのである。話しかけてもさっさと会話に終止符を打たれ、その勢いについ最後にいつも謝ってしまう。
どこが権現だよ!これじゃ隣のクラスの石田君といい勝負だよ!!と、心の中で叫んでから急いで日誌を書いていく鎌子。それを彼女から離れた場所、教室の1番前にある黒板に寄り掛かりながら見ている家康。かりかり、と、シャーペンが日誌を走る音だけが教室内に聞こえている


「(私なんで家康君に嫌われてんだろ…明らかに皆と態度違うし、絶対嫌われてるよねこれうわあ泣きそう)」


太陽に嫌われるとか寒くて生きていけないぜ…そんな事を思っていると近くに人の気配を感じ、ふと視線を上げると家康が隣の席に来ていた


「終わったか?」

「あ、うん…ごめんね」

「ワシが出してこよう」

「え!あ、いいよ大丈夫!私が出してく…」


ばさっ


鎌子の足元に日誌が落ちる。
家康が日誌をさっさと奪ってもって行こうとしたので慌てて手を伸ばし彼の腕を掴んだ。が、勢いよく手を振り払われてしまい、その拍子に家康の手の中にあった日誌も落ちてしまったのだ。鎌子の心にも、何か重たいものがずっしりと落ちてきた。
実際は数秒だが、鎌子には何十分も時間が経ったように感じた。ただ茫然と、不自然に手を上げたまま足元に落ちた日誌を見ていたが、はっとして急いで日誌を拾い上げる


「…っ、ご、ごめんね、びっくりしたよね、ごめんね!」

「あ、いや…」

「これ、日誌、私が職員室持ってっとくから!先帰ってていいよ!じゃあ、また明日ね家康君!ばいばい!」


顔を見ることが出来ず、家康の鎖骨付近だけを見て必死に笑顔を作り早々に言葉を告げて自分の鞄と日誌を両手に持ち教室を飛び出しそのままダッシュで職員室に向かう。そんなに長い距離を走っている訳でもないのに心臓がどくどくと五月蠅く鳴り響く。そんな五月蠅く鳴り響く心臓を落ち付かせるように軽く胸元を押さえながら鎌子は職員室までただひたすら走り、ノックもせずにそのままガラリとドアを開けてしまった


「こら、職員室に入る時はノックしろよ首切」

「片倉先生ぇー…」

「お、おい…どうした?そんな泣きそうな面して」


今にも泣きだしそうな顔をしている鎌子の頭をぎこちない手つきでよしよしと撫でる、強面の割に実はとっても優しい彼女のクラスの担任の片倉先生。鼻をぐずぐずさせながら先生を見上げると不細工な面だな…としみじみ言われてしまった。ここでその台詞はないだろう!!と悲しかった気持ちはどこへやら、一気に憤慨し怒りのままに鎌子は目の前にいる失礼なヤクザをぽかぽか殴る


「先生の馬鹿!そんな真面目に言わなくたっていいでしょー!」

「はは、悪かったな。ほら、元気が出たなら早く帰れ。もうそろそろ暗くなってくるぞ」

「なんだか腑に落ちない…!明日覚えてろよー!」

「はいはい、また明日な」


あれが大人の余裕っていうものか!くそう、でもお陰で気持ちが切り変わることできたけど…と、今度はモヤモヤとした気持ちのまま鎌子は下駄箱に向かっていく


「(完璧嫌われてるんだなー、私。知らない間に何かしちゃったのかな…とりあえず明日謝ろう。ああでも謝ろうと思って話しかけた瞬間に逃げられそう…いや、逃げられる前に殴られる?それとも絶対零度の視線で睨まれる!?ああああどうしよう…)」


ただ足元を見ながらさっきの出来事と明日の事をひたすら考えつつ歩いていると視界の隅に下駄箱が見えたので靴を履き変えよう、と思い顔を上げると


「あ、れ…家康君…?」

「…」


昇降口の扉を背にしながらしゃがみこんでこちらを見ている家康がいた。鎌子の姿を確認するとがしがしと頭を掻いてから立ち上がり、ゆっくりと驚きのあまり固まっている彼女の近くへと歩み寄って行く
先に帰ったと思っていた家康が、悩みの種である家康がまさか居ると思っていなかったので直立不動のままただ彼を見る鎌子

2人の距離が縮まり、家康が躊躇い気味に口を開こうとする。それを確認した鎌子は、彼が何かを発する前にとにかく謝らなければ!と思い言葉を被せるように口を開く


「ああああ、えっと!さっきは本当ごめんね!いや、さっきだけじゃなくて、何かごめんね!私、自分の気付かない間に家康君を苛立たせる事してたんだよねごめん!き、嫌われて当然だよねごめんなさい!あの、でも、せっかく隣の席になったから少しでも仲良くなれたら嬉しいなっていうかええと…とにかく、ごめんなさい!」


「そうじゃないんだ、」

「え?あ、ああああ早く席替えしたいとか!?明日片倉先生に言ってみようか!?ご、ごめんそんなに嫌われてると思ってなかった…!」

「そうじゃないんだ…!」

「っうわ!?」


どさっ


日誌ではなく、今度は鎌子の鞄が足元に落ちる。
家康が彼女の腕を急に掴み上げようとしたので驚きとその勢いの反動でするりと鞄の取っ手が手を抜けていったのだ。あ、さっきと立場が逆の展開…驚いているが、どこか冷静にそう思いつつもまたどくどくと五月蠅い心臓を落ち着かせるように胸の辺りと押さえる
逆光プラス少し俯いているので家康の表情が窺えず、どうしていいのかわからずおろおろとしてしまう


「いいい家康君…?(え、え、殴られるの?私殴られるの!?)」

「ワシは、お前の事を嫌ってなどいない…」

「…はい?」

「ワシは!お前の事を嫌ってなどいない!むしろ、逆に、」


―鎌子の事が好きなんだ…!


人気の少ない昇降口に、家康の言葉が響いた。


「前から好きだったんだ、それで、隣の席になれて、嬉しかった。だが、嬉しさより恥ずかしさが勝ってしまいついそっけない態度を取ってしまっていた、」

「は、」

「近くにいると、どきどきして仕方ないんだ…!いつかこの心臓の音が聞こえてしまうのではないかと、不安に思っていて、恥ずかしくて、話す事もあまり出来なく、て、」

「い、」


ゆっくりと、家康が顔をあげ鎌子と視線を合わせる。その顔は彼の後ろから差し込む夕日の色の同じ、いや、それより赤に染まっていた。それを確認した瞬間、鎌子の心に先ほどとは違う何かがどきり、と落ちた。
先ほどと同じように鎌子の足元には日誌の代わりに鞄が落ちていて、先ほどと同じように鎌子の心の中に何かが落ちてきた。悲しい気持ちになる何かではなく、それとは逆の、もっと熱い何かが


「…鎌子の事が、好きなんだ」


ただ、先ほどと違うのは2人の顔が見事な赤色に染まっているということだけ






そして、明日以降の2人にきっと何か良い変化が訪れることは間違いない、と断言できるだろう









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