天岩戸はこちらです


太陽だなんだって言われているけど、でも、あの人も私達と変わらない人間なんだよ。どうしてみんな、あの人を人間じゃない特別なもののように言うの。あの人は太陽でも神でもなくて、同じ人間なのに。
あの人も、家康さんもなんで太陽になろうとするの。あの人もみんなも嫌い、大嫌い。
ちょっとでも部屋を出て城内を歩けば家康様はまるで太陽だなんだって話声が聞こえるのが不愉快で仕方ない。から、最近は滅多に部屋を出なくなった。だって嫌なんだもの。日に当たってないからちょっと肌が白くなってきた気もする、三成さんみたいに美白になれるかしら。ああでも不健康そうな白さは嫌だな。あ、そういえばこの前誰か私が部屋に引きこもってるのは大谷さんの病が移ったからだなんだって適当なこと言ってる馬鹿がいたっけな、後で殴ってこよう。大谷さんの病は移ったりしないっての!


「鎌子?いるか?」

「……いませーん」

「ははっ、いるではないか!入ってもいいか?」


聞き覚えのあるあまり聞きたくない声が聞こえて、襖の向こう側に最近私の頭を占めている家康さんの姿が見えた。嫌です帰れ!なんて言えなくて渋々ながら許可したらいつも通りのにこにこ顔で部屋に入ってきて私の前に座ってきた。その笑顔も嫌いです。


「最近全く部屋を出ていないそうだが、どこか具合が悪いのか?」

「いや、とても元気ですよ」

「なら、外に出よう。日に当たらないと駄目だぞ?」


な?と太陽のようだと言われる笑顔を私に向けて外を指さしている家康さん。その首の後ろについてる顔を覆うようにできてるよくわからない布も嫌いです。ふうどって言うんだっけ?前に伊達殿が来た時に何か言っていた気がするけど三成さんがうるさくて聞こえなかったんだよなあ。えっと、それでなんだっけ?日に当たれ?日、ねえ…太陽、ですか。


「…家康さんのこと、太陽みたいって言ってる人多いですよね」

「ん?…ああ、そうだな。照れるが、嬉しいものだ。ワシは夜を癒せる陽になりたいんだ、誰ひとり暗く寒い寂しい思いをしないように」


少し気恥かしそうに頭を掻く。そんな姿をじと目で見てしまう


「民や仲間、それらを照らす太陽が家康さんだとします。じゃあ、家康さんを照らす太陽は誰ですか?」

「ワシの太陽?」

「家康さんは誰ひとり寂しい思いをしないようにって言いますけど、太陽って独りぼっちじゃないですか。家康さんが独りぼっちになってどうするんですか」

「鎌子…?」


家康さんの顔を見ると、少し困ったような表情をしていた。その少し横の、開けたままになっている襖から太陽か見えた。ちょっとイラってしてきた。
少し手を伸ばして襖をきっちり閉め、外の太陽を遮断する。さて、中にいる太陽さんはどうしましょうか。


「地面や地面から生えている草木を民や仲間だとします、それ等に光を与えている太陽を家康さんだとします。地面には草木や虫や石とかたくさんあるけど、空には太陽しか浮かんでないですよね」

「…」

「夜になったら太陽は裏に隠れて月を照らしてます、月の傍にはたくさんの星が輝いてますね。実際はお互い離れてるかもしれないけど地面から見たら月と星は近くにいるように見えます」

「…」

「裏にいる太陽の近くには何かいますか?表に出てきた時も、周りにあるのは不確かな雲だけですね。…家康さんの近くには、誰かいますか?」

「鎌子や三成、それに民だって、みんないるぞ」

「ううん、違います。言い方がちょっとあれだったかな。なんていうのかな、家康さんが弱音を吐ける相手はいますか?」

「…」


だんだんと家康さんの顔から笑顔が消えていく。あ、視線逸らされた。


「自分の弱い部分を見せないで常に元気なところを見せて周りを元気付けているのは素晴らしいことです、けど、どこで休むんですか?夜をも癒せる陽って言ってましたけど、夜まで頑張っていつ太陽は休むんですか?」


ずっと思っていたことがどんどん出てくる。家康さんは私を見てないけど、私はずっと家康さんから視線を逸らさない。


「太陽って、自分が燃えているんですよね。自分を犠牲にしてまで周りを照らしてるんですよね。…そこまで、太陽に似ようとしなくたっていいじゃないですか。なんで家康さんまで自分を犠牲にして、自分の弱いところを隠して、周りを照らしてるんですか」


家康さんは誰でも信用するし、心の底から信頼してる人だってきっとたくさんいる。でも、弱音を吐ける相手はいないんじゃないかな。どんなに信用・信頼してる人にも自分の弱いところを見せないようにしてるんじゃないかな。きっと忠勝さんにだって、そうだと思う。泣く時はどうせ1人でどこかに隠れて、そのふうどを被ってより独りになってこっそり泣いてるんじゃないですか?その布で太陽から、逃げて。

ほんの少し家康さんとの距離を縮めて、しっかりと顔を見る。


「家康さんは人間なんです、私達と同じ人間なんです。太陽になろうとする家康さんは私嫌いです、太陽は嫌いです。熱くて誰も触れないし、近づけません」

「ワシ、は…」

「ずっと無理して笑ってなくてもいいんです、夜まで照らしてなくていいんです。いつでも太陽でいる必要はないんです、誰かの前では“家康”さんでいたっていいんです」


1人で、遠いところに行かないでください。ただでさえ距離があって届かないのに、近づくことが出来ないほど燃えていたらますます誰も傍にいけません。独りぼっちです。
家康さんの周りにはたくさんの人がいる、たくさん。けど、でも、家康さんは独りぼっちだ。


「忠勝さんだって、きっと家康さんに“家康”として接してほしいと思ってますよ」


私も、そう思ってる。周りに言われて常に太陽でいようとしてるけど、私は“家康”さんと話したいんです。
じっと見ていると、家康さんがゆっくりと視線を私に戻してきた。その顔はとても泣きそうで、だけどやっぱり微笑んでいて。


「…ありがとう、鎌子はワシのことを気にかけてくれていたのだな。」

「気にかけていたというか、なんていうか…」

「だが、ワシのことを思って言ってくれたのだろう?ありがとう。…ワシは、陽でありたい、その気持ちは変わらない」


しかし、と言葉を繋げた家康さんに腕をひかれて私の肩に顔を乗せられた


「今は、ワシもただの人であってもいいか…?」


肩に乗っている顔が、私の腕を優しく掴んでいる手が、ほんの少し震えている。
ああ、ほら、辛かったんじゃない。どうして誰も気付いてあげないの、自分ばかりじゃなくて、この人のこともしっかり見てあげてよ。なんだか私まで泣きそうになってきたじゃない、馬鹿。


「今だけじゃなくてこれから私の前では“家康”さんでいてくれると嬉しい、かな」

「……すまない、ありがとう」

「お礼も謝罪も言われるようなことしてませんよー」


案外柔らかい髪の毛をそっと撫でながら、襖越しに太陽を見る。あとで久しぶりに外に出て、日に当たろうかな。なんてね。
今はこの強がりな太陽さんを休める天岩戸になって隠してあげなきゃ、ね。今だけこの太陽さんはお休みです。でも、この太陽さんは自分から出ていけるから誰も無理やり引っ張りだしに来ないでね、お願いね。







(自分を騙す狸でもある太陽さん、今だけお休みなさい。私がしっかりあなたを隠してあげるからね)


―――――

三成が復讐に囚われているなら、家康は太陽に囚われていると思う。











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