夜道にご注意
「やれ、三成。そういえば真田以外にも同盟を申し立てる者がおったぞ」
「なに?」
大阪城のとある一室。
最終決戦関ヶ原に向け日々準備を整えている西の総大将・石田三成と、周りに興味が無く実際は何もしていない石田に代わってせっせと準備を整えている大谷吉継の姿があった。
「ふむ…確か、その者の使いがそろそろ来る予定だった気が…」
「とんとん、失礼しまーす!」
ガラリ
何の遠慮もなく開かれた襖の向こう側に、海の香りをどこか漂わせる女の姿が。
急に何の許可もなく開かれた襖に、三成はほんの少しの苛立ちを覚え彼女をその鋭い目付きで睨みつける。その鋭さと言ったら、石田軍の者ですら見慣れている筈なのに毎度涙目になり跪き、さほど名のある武将でさえも恐怖で立てなくなってしまうほどである。伊達に凶王なんぞと呼ばれていない。目付きだけで人を殺せるのではないかとさえ思うのだ。
そんな彼の苛立ちと目付きをちらりと横目で確認した大谷は包帯の下で密かににやりと意地悪く笑い、この女はどんな恐怖に満ちた顔をしてくれるのか、と彼女を見やる。
「あ、えっとー石田三成さんと大谷吉継さんですよね?初めまして!四国から来ました、首切鎌子ですどうぞよろしく!」
恐怖に満ちた顔どころか、にぱっ!と、どこぞの海賊のように笑ってこちらに手を上げ挨拶を寄こしてきた。おや、予想外の反応だと興味を抱いていると隠す気のない聞きなれた舌打ちが耳に入る。
「何の許可もなく部屋に押し入るなど、人間としての器が知れるな。不愉快だ、去れ」
「とんとんってしたじゃないですか、口でだけど。だから許可取りましたもん」
「今しがた自分が取った行動をもう一度振り返れ」
「え?後ろに誰もいませんよ」
「誰が本当に振り返れと言った」
「石田さん、自分が言ったことをもう一度振り返りましょうね」
「貴様ああああああああ!!!!!」
「やれ、落ち着け三成」
これはじつに愉快な者が現れおった、更に包帯の下で口を歪めていると彼女――鎌子は大谷の方へ視線を向け手紙を差し出してきた。
それを無言で受け取り、中を確認する。
「ふむ、先日申しておった通りの同盟の件か。しかと受け取った」
「はい!どうぞよろしくおねがいしますね」
「こんな不抜けた部下を持つ者なんぞと誰が同盟を組むか!」
「四国の鬼を舐めないでくださいー!アニキを舐めたっておいしくないですよ!しょっぱいだけですよ!」
「誰が本当に舐めると言ったあああああああ!!!!!」
「やれ、落ち着け三成」
まだ会って3分もしていないのにこの仲の悪さ、いや、仲の良さと言うべきか。三成は威嚇する猫のように完全に逆毛を立てて唸り声をあげ睨みつけているが、鎌子は全く怯む様子もなくただそこに立っている。が、それにも疲れたのか勝手に部屋の中へ入り勝手に座布団を隅から運んで来て彼らの傍へと着座する。肝が据わっているというかどこか抜けているだけというのか。
「刑部!なんなんだこの不愉快極まりない馬鹿は!」
「最初に名乗ったじゃないですか、もう忘れたんですか?」
「き、さ…まあああああああ!!!!!いい加減に…っ!?」
「落ち着けと申しているであろ、三成。お主もあまり三成をおちょくるでない、手に負えなくなる」
「いたた…えへ、すいません」
恐惶モードに突入しようとしていた三成の言葉を遮り、2人の頭に数珠を1つずつお見舞いする。少し落ち着きなさい!と。鎌子は殴られた頭を摩りながら三成を見る
「四国の鬼って呼ばれているアニキの使いでここに来たんです」
「四国の、鬼?」
少し間の抜けた顔をする三成を見て、こちらも間の抜けた(三成より馬鹿らしい)顔で彼を見返す。
「ちょうそかべもとちかって、知りません?」
「ちょう…す、かべもとちかん?知らんな」
「誰ですかそれ私も知りません」
「貴様が言ったのではないか」
「そんな超助平元痴漢みたいなこと言ってないです」
「超助平元痴漢?」
「え?」
「は?」
これはとても面白いことになりそうだと感じ、ニヤニヤとした顔のまま間抜け面を晒したまま間抜けな会話をしている2人を眺める大谷。
一方、三成は今だ頭上に疑問符を飛ばしているが鎌子は何かを理解したのか、ほんの少し大谷と同じようにニヤリと笑う。
「そうなんです聞いてくださいよ、私の所の主ったら超助平で元痴漢なんです」
「そ、そうなのか…」
「しかも、近くの国の武将さん達からは“再会の鬼”って呼ばれてて…名前の通り、しつこいくらい再会するんですよ。しかもこれ偶然を装っての再会ですからね」
「気色の悪い奴だな」
「で、再会しては痴漢ですよ、超助平ですからね」
「私はそんな奴から同盟の申し出を受けたのか」
「はお」
正直今すぐにでも床を転げまわり腹を抱えて爆笑してしまいたい、だが堪えるんだ…!と、己を叱咤しつつ軽く咳払いをしてから大谷が口を開く。
「三成よ、その男は放たれた変態である。前田が放たれた鳥であるならば、奴は放たれた変態よ、ヘンタイ」
「そうなのか…」
大谷の言うことは疑わない三成、この大谷のプラスされた言葉により彼の脳内ではもう“超助平元痴漢”という人物像が完璧に作られてしまった。
その人物を思い浮かべてか、何とも言えない表情をしばし浮かべた後にはっとして大谷の方へと顔を向ける。その表情はどこか強張っているようにも見える。
「つまりは、…私の身が危ないのか?」
「「は?」」
大谷と鎌子の声が合わさる。何を言っているんだ、こいつは。表情がそう全力で言っているが三成はそれに気付かず話を進めていく。
「超助平と呼ばれているのだろう?そして再会の鬼…私は男色などではない!」
「…」
「男を好む奴らも存在する、ということは聞いたことはあったが…まさかそんな奴から同盟の申し出をされるとは…、!刑部!貴様は絶対に超助平の前に現れるな!貴様に手出しはさせない…!」
「……」
「秀吉様の作り上げようとした世界に蔓延る変態め!私の前に現れたその時が貴様の最期だ!!」
刀を力強く握りしめ、うおおおお!と叫んでいる三成。彼の脳内ではどんどんと話しや設定が進んでいたらしく、最終的に素晴らしいものが出来上がってしまったようである。大谷と鎌子はそんな彼を見つめた後2人どちらともなく視線を合わせ、頷く。
「アニキが変態に出来上がりましたね」
「しかし、それも事実であろ」
「まあそうなんですけどね、乳首出てますし」
「うおおおお!!秀吉様、変態を斬滅する許可を!!!!!」
「とりあえず、同盟は受け入れて貰えたということで良いんですかね?良いんですよね?」
「ヒヒッ、お主が居ると退屈せずに済みそうだ」
「あらやだ大谷さんったら、悪い顔してますね」
「お主もな」
「貴様の好きにさせてなるものかあああああ!!!!再会の鬼いいいいいい!!!!!」
後日。
挨拶に来た元親を殺しにかかる三成と、その2人の鬼ごっこを涙を流しながら腹を抱えて爆笑していた大谷と鎌子が目撃されたそうな。
西軍の未来は明るいです。