メスメリズムはもう要らない
三成と敵対してしまい、もう三成との絆は修復出来ないと思っていた。そう、思って“いた”んだ。
「三成、またお前とこうして酒を飲むことが出来て嬉しいよ」
「……ふん」
今、ワシの前には三成がいる。相変わらず不機嫌そうな顔はしているが、前に感じたワシに向ける鋭い殺意はもう無い。ワシの前に座り、しっかりとこちらを見て、話を聞いてくれる三成がいる。前の、秀吉公が居た時の三成に戻ったのだ、ワシ等の絆もゆっくりと戻りつつあるのだ(三成はそう思っていないだろうな)。
関ヶ原の合戦が始まり三成と闘っている際に、慶次が乱入してきて曖昧な形で戦は幕を閉じた。そのあと、帰ろうとする三成を引きとめ話をして和睦した。一度離れてしまった手を、もう一度掴むことが出来た。ああ、なんと嬉しいことか。つい顔が緩んでしまうよ。
「…貴様、何をそんなにニヤついている。不愉快だ」
「ふふ、仕方ないだろう?ワシは今とっても嬉しいんだ」
女中が三成とワシに酌をしてくれる、おっとと。この場を作ってくれたのも、この女中だ。ワシが今日も三成に会いに来て(戦が終わってからほぼ毎日足を運んでいるな、確か。それほどワシは嬉しいのだ)話をし終わり、さあ帰ろうと言う時に「上等なお酒が入ったので、宜しければ召し上がりませんか」と声をかけてきてくださったのだ。嬉しそうな顔をするワシとは対照的に嫌そうな顔をした三成をにこりと笑顔1つで受け流し、酒の場を用意してくれた。
確か、名を鎌子と言った気がする。
この女中は豊臣時代からこの大阪城で働いていて、ワシも何度か世話になり言葉も交わした記憶がある。ああそうか、この酒の場は偶然ではなく、必然的に用意してくれたのだな。ワシと、三成のために
「ありがとう、鎌子」
「家康様が私なんぞのお名前を覚えていて下さったなんて、とても嬉しく思います」
「鎌子にはよく世話になったからな、覚えているさ」
にこり、と柔らかく笑みを零してから鎌子は酒を置いた
「では、どうぞごゆるりと」
「待て」
ゆっくりとお時儀をし、この部屋から出ようとした鎌子を呼びとめたのは三成だった。ワシも鎌子も驚きでほんの少し目を見開いて、三成を見る
そんな三成は酒をくいっと一気に飲んでから鎌子を見る
「貴様はこの場に残れ、拒否は認めない」
「しかし、御言葉ですが私にはこの後にも仕事がありまして……」
「私は家康からの酒など飲まない、家康に酌などもしたくない。貴様が言いだしたことだ、貴様がしろ」
「はあ…」
「ふん」
ちらりとワシを見てから、視線を外に向ける三成。はは、ワシもまだまだ嫌われているものだな。だが、これでこそ三成だな!こんな楽しくて嬉しい酒は久しぶりだ!
ワシも先ほどの三成同様、一気に酒を煽ってからにこりと困惑気味のままこちらを見ている鎌子を見る
「そういう訳だ、お願いできるか?」
「…ふふ、かしこまりました」
こんなに酒が美味しいと感じるのも、三成とこの女中のおかげだろうな
「それで、独眼竜が畑を駄目にしてしまいネギを持った片倉殿に追いかけられていたんだよ」
「まあ!ふふふ、噂では怖いとよく耳にしますが、とても面白い方達なのですね奥州の双竜様方は」
「ああ、面白い奴らだぞ!今度独眼竜達も連れて大阪城に来るよ!」
「楽しみに待っていますね」
「三成もいい加減、独眼竜のこと覚えてやれよ?」
「知らん、誰だそいつは」
「まあ」
家康と女中(名を何と言ったか…)が先ほどから楽しそうに会話している、笑い声が私の部屋に反響する。私の笑い声はもちろん混ざっていない。
「それにしても、鎌子はワシ等と歳が大して変わらないのにしっかりとしているな、まさに女中の鏡のようだな」
「そんなことないですよ、私よりも立派な女中さんはこのお城にたくさんいますよ」
ああ、そうだ、鎌子だ
こいつは確か、よく私の部屋に食事を運んできたり戦帰りの血に塗れた私を拭いたりとよく世話をしに来ていた。刑部以外は滅多に近寄らない私の部屋や私自身に、何の恐怖も抱かずによく訪れていた。今も昔も、こいつはよく城の中での私を世話をしていた。
それなりに女中の中でも上の立場なのかどうかは知らんが、そういえば家康や刑部の部屋にも食事を運んだりしていたような気がする
ああ、そういえば、こいつは泣かなかったな、秀吉様が亡くなられたと城中の奴等が知り、涙を流している中でただ1人泣かずにいた。それが、確かこいつだった気もする。家康が城を出て行った際も、こいつは家康に着いて行かなかったな。
色々と不思議な女だ、と、つくづく思う
「ああそうだ、今度ワシの城にも遊びに来ないか?」
「家康様のお城に、ですか?」
「ああ!きっとお前と離れて寂しがっている女中もいるだろう、それにワシの城を是非見てほしいな」
「それでは、いつかお邪魔させていただきますね」
「なんならワシの城で働いてもいいんだぞ?…ふふ、冗談だ!」
家康の言葉に、思わず目付きが鋭くなるのを自分でも感じる。家康の城で働く、だと?私の元を離れて?そんなこと、誰が許可するものか。冗談でも腹立たしい!
だん!と、怒り任せに思わず立ち上がり、女中と家康を見下す
「私の元を離れて家康の所なんかに行ってみろ、追いかけて斬滅してやる!」
「三成、冗談だと言っただろう」
「冗談だとしても不愉快だ!貴様、私の元を離れることなど断じて許可しないぞ!」
刀を手にしていたらその刃を女中の首筋にあてている、そんな勢いでつい怒鳴ってしまった。何が私をここまで奮い立たせているのか自分でも理解が出来ない、きっと久し振りに飲んだ酒に酔ってしまっているのだろう
女中は不思議そうな顔をしたあと、いつものように微笑んだ
「私めの居場所はここです、三成様の御傍で御座います。例え家康様直々に誘われましても、私は生涯石田軍にて働く次第で御座います」
「ふん、当然だ」
何故か女中の言葉を聞いて落ち付きを取り戻した。
座り直し、ふと前を見ると家康がまたしてもあのニヤけた顔でこちらを見ていた。なんだその顔は、本当に不愉快だ
「だらしない顔を私に向けるな、切り刻むぞ」
「いやあ、三成、お前も変わったな!」
「なにがだ」
「わかっていないなら、それでいいさ」
「はっきり言え」
「今度は慶次も連れてくるべきかな!きっとあいつも喜ぶだろう」
「まあ、風来坊様ですか?あの御方はとても華やかで楽しい方とよく聞きます」
「ああ、そうだぞ!それに恋についてもうるさい奴だ!」
「恋、ですか?」
「ふん、くだらない」
あんな奴に恋がどうだなんだと問われても煩わしいだけだ。それに恋などくだらない、あんなものは必要ない
今だに不抜けた顔でこちらを見る家康をひと睨みして、酒を飲む。本当に苛立たしい奴だ、今手元に刀がないのが惜しまれる。…そういえば今日は随分長くこいつと居るな。ああ、この女中が居るからか。やはり、不思議な女だな
それにしても、酒が旨いな