ヒプノシスを解除
「秀吉様、許可を!」
三成様は、秀吉様が亡くなられてから何度この言葉を叫んでいたでしょうか、
如何なる時でも何かある度に叫んでいたように思います。
何かを消し去るように、気付かないふりをするように必死に叫んでおられました。
「秀吉様に頭を垂れろ!」
きっと、一種の催眠状態だったのでしょう。
きっかけは家康様という信頼していた御方が秀吉様という大切な御方を殺してしまったことでしょうか。
2つのものを同時に失ったその傷は、三成様には到底耐えられるものではなかったのでしょう。
「私は秀吉様の左腕、石田三成だ!」
秀吉様は亡くなられているけど認めたくないという気持ち、秀吉様を失いたくなかったという気持ちが爆発してしまい自分で自分に、無意識に催眠術を掛けてしまったのでしょう。
ずっと呼んでいればいつか御声が聞こえると、信じていたのでしょう。
そうして御自分を保っていたのやもしれません。
「秀吉様は、私を変わらぬと笑まれるだろうか…」
催眠術とは誰でも出来る簡単なものですが、簡単故に素人が気軽に手を出していいものではないのです。催眠術師の方は催眠術を掛ける際、解く鍵も一緒に掛けるそうです。素人にはそれが中々出来ないのです。ただ催眠術を掛けるだけで、鍵を付き忘れてしまうのです。
なので、素人が催眠術を掛けると解除が難しくなってしまうそうです。
そして、素人が行う催眠術よりも厄介なのが、無意識のうちに自分で自分に催眠術を掛けてしまうこと。
自分が催眠術にかかっていることすら理解していないので、鍵など当然御座いません。そういった自分で気付かないうちに掛けてしまった催眠術は深い所まで潜り込んでしまうので、解く鍵を探す手がかりすら見つけ出せないのです。
「秀吉様…どうか、あらゆる許可を、私に……」
三成様はあの雨の日、御自分に無意識のうちに催眠術を掛けてしまわれたのです。そしてその鍵も、鍵を探す手がかりも、何もないままでした。
この先ずっと、秀吉様という“暗示”に掛かったままなのかも知れないと思っていました。本当の自分を無意識のうちに隠し、操られた自分でずっと生きていくのかと、
「何も、聞こえない、聞こえはしない…」
そう、思っていたのです。
「分かっていたのだ、あの日から、もう、許可など、御声を頂くことなど出来ないと、」
「三成よ、もう許可は要らぬのか?」
「…ぅ、うう…っ、ひでよ、し、さま……」
何が鍵だったのかは分かりません、しかし、三成様の催眠術が解けたのです。
あの時、確かに“三成”様を見たのです。
吉継様が意地悪そうに(本当は吉継様も三成様が催眠術に掛かっていた事に気付いていたのかもしれませんね)、三成様にもういいのかとお聞きになられましても、三成様はいつもの様に秀吉様に許可を頂こうとはしませんでした。
ただ、あの雨の日と同じように涙を流しておられました。
三成様、おかえりなさいませ
貴方様の御帰りを、ずっと、ずっと、御待ちしてました
もう、これで全てが本当に終わったのだと理解致しました。ずっと、歪んで見えたこの世界が今では美しく思えます。
嗚呼、これで全てが終わったんですね、三成様も、もう解放されたのですね
あの雨の日からまともに食事や睡眠を取られなかった三成様、きっとそれも催眠術のせいだったのでしょうね。
どんな人間でも食事や睡眠は大事です、それを睡眠術で平気だと、要らないものだと普段より強く思われていたのでしょうね。
でも、もう全て終わったのです。
普通の人に比べると食事の量も、睡眠時間も少ないですが、以前のように、秀吉様が居られた時のように、また食事や睡眠を摂られるようになるでしょう。
きっと吉継様も御手を貸してくださる事でしょう。
これでまた、仕事に生甲斐を見出せました。
「やれ、すまぬが軽い食事を三成の部屋に運んでくれぬか」
「はい、喜んで」
以前は豊臣軍の下で働ける喜びを胸に感じていましたが、これからは石田軍の下で働けることで胸がいっぱいになりそうです。
ああ、軍といってももう戦は起こらないことでしょう。家康様がきっと素敵な世の中を築いてくださる筈ですから。
三成様も、家康様も、生きておられるこの世界を。
ああ、ああ、なんて美しい世界!
「三成様、御食事を運んで参りました」
「……入れ、」
音を立てずに襖を開けると、そこには凶王と呼ばれ恐れられていた三成様ではなく、以前の様な三成様が居られました。
「軽いものを御用意させていただきました、宜しければ召し上がり下さいませ」
「…ああ」
三成様が箸に手をつけたのを見届けてから、静かに部屋を出る
「…っ、ふ、」
思わず、今まで堪えていた涙が零れ落ちる。
秀吉様が亡くなられたあの日から、ひたすら耐えていたものが次から次へと零れ落ちていく。
今までの事を流すように
決して悲し涙では御座いません、そこは勘違いなさらないでくださいませ
「(秀吉様、これから新しい世界が始まります)」
空を見上げてみると、美しい、雲一つない青空が広がっていた。空を見上げたのも久しぶりな気が致します。ああ、やっぱり、なんて美しい世界なのでしょう。
どこからか、ごおっ、と、飛行物体が飛んでくるような音が聞こえた気がします
「…ふふ、お茶を用意しなくてはいけませんね」
きっと、また三成様が笑顔を取り戻す日も、そう遠くない事と思われます
(秀吉様、半兵衛様、どうか見守っていてくださいませ。三成様の新しい人生を!)