結んでなかったのは私だけ

「で、お前らはどこまで進んだんだよ」

「…」

「…おい、まさか」

「うるさいなー!どこにも進んでないわ!スタート地点にも立ってないよまだ靴紐結んでる段階だよ悪いかこのヤリチン野郎!!あん!?」

「最高に口が悪いな」


は、と目の前に座る女の子に向け鼻で嘲け笑う男の子。それを受けジト目で睨み返すも難なくかわされてしまう。
がやがやと昼食を食べる学生で賑わう大学の食堂の窓際に面しているテーブル席に座り、それぞれ購入してきたランチを食べる。
が、周りの雰囲気や色鮮やかに配色されている目の前のランチと違い、2人の座っているテーブルからはどんよりとした雰囲気が流れている。主に女の方から。

周りから見たら喧嘩でもして、雰囲気が悪くなったカップルのように見えなくもないが実際は付き合っても何でもなくただの友達関係である。


「お前ら付き合って5ヶ月経つんだろ?それなのにまだ手も繋いでないのかよ」


食べているオムライスからスプーンを女の方に向ける男、伊達政宗は溜息をつきながらぶらぶらとそのままスプーンを揺らす。


「やっぱおかしいよね…でも別に何ヶ月で手を繋ぐべし、とか決まりがあるわけでもないからさ!うん!だからさ!大丈夫だよ!…ね、多分……」


段々と言葉に力が無くなっていきテーブルに伏せる女、首切鎌子は唸り声を上げながら頭を抱える。

2人の議題はこの鎌子と付き合っている相手、つまりは彼氏について。
鎌子も秘かに思いを寄せていたところ、なんと相手側から告白してきて見事カップル成立!ハッピーエンド!…で、終わらないのだ。


「私、本当に石田くんに好かれてるのか不安になってきちゃったんだけど…別に石田君のことだからまだちゅーは出来なくてもいいよ?でもさ…!」

「手くらいは繋ぎたい、と」

「そうなんだよおおお!好きな人と手ぐらい繋ぎたくなるでしょ!なるだろ!私だって女の子なんだよこんちくしょー!!」

「女らしい言動が全く見受けられないんだがな」


そう、付き合って5ヶ月も経つのにまだ手すら繋いだことがないのだ。
石田三成は誰から見ても堅苦しく真面目な青年である、それ故に鎌子に告白をする時もこんなに顔を赤くして大丈夫なのかと心配になるほど赤面していた。
よく言えば真面目、悪く言ってしまえば硬すぎる三成に疑問を抱き始めてしまったのだ。


「なんか、さ、付き合ってるっていうより…友達以上恋人未満な感じがするんだよね」

腕に顔を埋めたまま、最初の元気はどこへやら沈んだ声でそうぽつりと漏らす。
それを聞き何度目かわからない溜息とつく政宗。


「お前は石田の野郎から十分愛されてるぜ、第三者の俺から見てそうはっきりとわかるほどにだぜ?」

「私がわからないんだよ、理解不足なのかな…」

「まあ、あいつにも問題はあるな」

「私のほうが問題ある気がしてきた…やばい泣きそう…」

「泣くんじゃねえよ」


ちら、と入口のほうへ視線を向け思わず舌打ちをする。


「チッ、めんどくせえ」

「面倒臭い女でごめんなさい…」

「No!お前じゃねえよ」

「だって今政宗舌打ちし「ここにいたのか」」

「み、三成…」


がた、とそのまま鎌子の隣の椅子に座るのは今この話題の中心であり悩みの種であり胸を焦がす導火線そのものである、石田三成。
三成は細い目をより細め、斜め向かいに座る政宗に目をやる。元より三成のことが気に入らない政宗はその様子に当然苛立ちを覚える。


「Hey、愛しの彼女がお前の事で悩んでるぜ」

「誰だ貴様は、失せろ」

「てめぇ…いい加減俺の名前覚えやがれ…!」

「や、やめて!私の為に争わないで!」

「お前も調子に乗んじゃねえよ!」

「痛い!政宗君の愛が直接攻撃となって私に降り注ぐ!」

「流星群の如く降り注いでやろうか…」

「だが断る!」

「……」


急に現れた三成への緊張と話していた内容の照れなどから、政宗に変なちょっかいをかけ妙な寸劇を繰り広げ始めた。
気まずさからとはいえ、彼氏をそっちのけで異性と仲良くきゃっきゃしているのは流石にいけないかもしれない、と思い返しちらりと横に座る三成に視線を向けると、


「あ、う……」


まるでこの世に般若、いや、凶王が舞い降りてきたかと思ってしまうほど恐ろしい顔で政宗をガン見していた。
それを難なくスルーしている政宗も何者だろうか。

鎌子の視線に気づいた三成は凶王どこへやら、普段の天使の様な表情で鎌子を見つめ返し微かに首を傾げる。

「なんだ?鎌子」

「あ、ううん!なんでもないよ!えへへ!」

「そうか」


小さく、本当に小さく微笑む。
その優しい表情にドキドキと愛しさと最大の萌えを隠せない鎌子は思わず口元を押さえた。


「5ヶ月たっても三成の格好良さになれない…!」

「ん?何か言ったか?」

「なんでもないです!!!」


えへへー、とでれっでれな緩みきった笑顔を三成に向ける鎌子と、その鎌子を優しい表情で見つめ返し微かに口元に笑みを浮かべる三成。
そんな2人を見て、隠さずにため息を吐く。


「(どう見たって大事にされてて、愛されてるじゃねえかよ)」


やってられっか、と両手を上げる。


「俺は次の授業があるからそろそろ行くぜ、じゃあな」

「え、あ、もうそんな時間?」

「お前は次の授業休講になったんだろ?そいつと一緒に靴紐でも結んどけよ」

「靴紐?なんの話しをしているんだ貴様」

「てめえも靴紐結ぶこったな、See you」


食べ終わった食器を片手に手をひらひらさせながら食堂を去る政宗を無言で見送り、急に訪れた2人きりの空間に動揺し始める。
手持ち無沙汰にスプーンを無意味に動かしていると、三成に肩を叩かれた。


「なあ、に…!?」


か、顔が近い!!!もの凄く近い!!!!!


あまりの近さに目を逸らそうとすると、顎を下から優しくつかまれる。


「目を逸らすな、私を見ろ」

「いやいやいや、え、三成どうしたのどうしちゃったの君こんなキャラだったっけあれ?イメチェン?やだ急にどうしたの」

「気まずいからと勢い良く喋って誤魔化そうとするな、私を見ろ」

「ちょっと待って、本当にどうしたの三成…!正気に戻れここは食堂ですぞ!」

「誰も見ていない。それに私は正気だ。貴様の悩み事について話す為に、ここに来たのだから私を見ろ」

「え、え、悩み?え?」

「何も進展がないのが悩みなんだろう?」

「ぎゃああああ誰からそれをおおおおおお!」

「家康だ」

「あいつにも話した私が馬鹿だった…!」


あの筋肉馬鹿、脳みそまで筋肉になったか畜生!ぐぎぎ、と太陽のような笑顔を浮かべる友人を思い浮かべ歯を食いしばる鎌子。
そんな彼女を見、今までとはどこか違う笑みを浮かべる三成。

静かに鎌子の耳元へ口元を寄せる。


「ーーーもう、我慢をするのはやめだ。これからはやりたい様にさせてもらうぞ」


くすくす、と、男性とは思えない綺麗な声で小さく笑う声を耳元でダイレクトに聞いた鎌子はぱくぱくと金魚のように口を開閉させる。


「は…、え?…え!?」

「鎌子のことが大事で、大切で、愛しいから故に手を出さないよう自制していたが、少しでも手を出してしまったら歯止めが利かなくなりそうなので耐えていたが、そうか、逆に悩ませてしまっていたとはな」

「え、三成さん?ちょっと…?」

「これからは触れたい時に触れ、口付けしたい時にして、抱きしめたい時は遠慮なくさせてもらう」

「え、ちょっと待ってーーー」


そっと鎌子の口に三成の綺麗な人差し指が当てられる。


「もう充分に私は待った。次からは貴様が、鎌子が私に追いついて来い」


そう静かに言うと、鎌子の頬に触れるだけの口付けをする。

そんな普段とは違った、どこか妖艶な三成に顔が赤くなるのを隠せなく、より三成に恋をしたのを感じた瞬間でもあった。

また、三成の手により硬く靴紐が結ばれ、三成に引っ張られるままにスタート地点に立った気もした。
手を引いた三成は、遥か先に。



ああ、最初から三成は靴紐以前に靴なんか履いてなくて、もうスタートダッシュしていたのね。置いて行かれて、まだ準備段階だったのは、私だけ。


「が、頑張り、ま、す…」


赤い顔を隠さず、目を合わせて三成にそう言えば、



「良い子だ」



スタート合図と共に、口付けが。



私のことを見事に騙した貴方に追いついてみせるから、あまり走るスピードを速めないでね!







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