延長戦ってことで

「よし、あとは宛先書いてくぞー」


テーブルの上に置いてあるコーヒーをごくりとひと口飲み、よし!と気合いを入れてから筆ペンを持って丁寧に年賀状へ宛先を書いていく。
今のこのご時世、宛先もパソコンで済ます人が多いけど私はなるべく手書きで出したいんだよね…字汚いし時間かかっちゃうんだけどね!という信念を持っているので毎年なるべく手書きで年賀状を書いているが如何せんやはり時間がかかってしまい、こうして25日もせっせと書くはめになっているのだ。
鎌子にとって本日25日はクリスマスでもなんでもない、ただの25日でしかないのである。

ちら、と視線を手元の年賀状からカップの横に置いてある携帯へと目を向ける。


「メールは来てない、か。まあ予想してた通りだねー」


小さくため息を吐いてから携帯に手を伸ばし、裏返しにする。いちいち気にする自分に嫌気が差したので画面を見なくて済むようにしてしまう。
彼女には付き合っている彼がいる。だが、その彼は仕事熱心であり、自分の事よりも仕事(というより大好きな上司)を優先する人間である。そしてイベント事にも全く興味がない。そうとはわかっていたけど、付き合って初めて迎えるイベント、クリスマス。前にちらりと24・25日はどうしているか遠まわしに聞いてみたところ「仕事だ」とすっぱり言われてしまった。休みの日なのに仕事かよ!と思ったが、一流企業に勤めているのもあってか、年末に近づくにつれやはり忙しくなるようなのでそっか、と笑顔で受け流したのだ。


「ま、そんな三成が好きなんだけどちょっと期待しちゃってたかな」


独り苦笑いを浮かべ、ぐるりと肩を回して再度年賀状に取り掛かる。実際のところ、少しは期待していたものの鎌子自身もあまりイベント事に興味はないのだ。なので、少し寂しい気もするがまあいっか、といった感じである。誕生日とかとは違って何も当日にこだわらなくてもいいかなー、なんて。
そんな事より年賀状書かなきゃ!と気持ちを切り替えせっせと宛先を書いていく。






「お、終わったああああ…!」


ばんざーい!と両手を高く上げそのまま後ろへ倒れる。テーブルの上には今しがた全て書き終わった年賀状が所狭しと並んでいる。
これ以上はもう何も書かないぞむしろ動きたくないこのまま寝ちゃおうかな、ああでもテレビ消さなきゃだしお風呂にも入りたいかもどうしよう…と悶々としている鎌子の部屋に急にチャイムが鳴り響いた。


ぴんぽーん


「うわ、びっくりした…!こんな時間に何だよもう、私疲れてるし動けないから無視無視ー」


ごろん、と横向きになりそのままの態勢でテレビを見る鎌子。が、


ぴんぽーん、ぴんぽーん、ぴんぽん、ぴんぽん、ぴぴぴぴぴ!!!


「うわわ!? っ!いったい!!」


もの凄い早さで呼び鈴を連打され、驚きのあまり飛び跳ね勢いのまま足をテーブルに強打してしまい涙目でうずくまる。運悪く小指付近をテーブルの足に思い切りぶつけてしまったのだ、そして寒さで冷えていたため、痛みは倍増。とても痛い。
痛みと闘っている間もチャイムが永遠と鳴り響き、痛みと恐怖で泣きだしそうになっていると怒鳴り声が聞こえた。


「…い、おい!何故居留守を使う!開けろ!」

「……ん?みつ、なり?」


聞いたことのある声が聞こえたような気がして、ずりずりと這いつくばって玄関のほうへ向かう。
そして段々はっきりと聞こえてくる怒鳴り声と、大きくなっていくチャイム音。


「鎌子!!!」

「やっぱり三成だ!」


このチャイム連打犯が自分の彼氏である石田三成だと認識し、急いで立ち上がりドアを開けようとする。物音でドア付近に鎌子がいるのがわかったのか、怒鳴る事はしなくなったが相変わらずなスピードで呼び鈴を連打する。
こんなにチャイム鳴らしたり怒鳴ったりしてて恥ずかしくないのかねこの人は…いや恥ずかしくないんだろうけど、私が猛烈に恥ずかしいわ!と思いながらチェーンと鍵を外し、ドアを開けるとスーツを着ていかにも仕事帰りです!というような格好に鬼の様な形相をした彼が立っていた。


「貴様…さっさと開けろ!そして何故電話に出ない!メールを返さない!連絡を返さない!!」

「え?」

「なんだその格好は!!何をしていた!!」

「え、えっと…年賀状書いて、た、です、はい」

「貴様ぁぁ…」


怒りのせいなのかそれとも寒さのせいなのか、鞄を持つ手が少し震えているのを確認する。とりあえずこのままだとご近所さんに丸聞こえで明日から恥ずかしい思いをするので猫の様に(顔や雰囲気はまるで鬼だが)フーフーと怒っている彼を家の中に入れようと思い、声をかける、


「とりあえず、家入る?」

「むしろ貴様がさっさと出ろ!!!」

「ええ!?」


が、逆に外へ出るよう怒鳴られ腕を掴まれてしまい、勢いのまま数歩玄関から外へ出てしまった。慌ててドアを掴み、それ以上進まないようにする。


「ちょちょ、ちょっと三成どうしたの何なの急に!落ち着け!そして寒い!ハウス!」

「私は犬かああああ!いいから出ろ!行くぞ!!」

「どこに!っていうか、私サンダル!ついでに部屋着!無理無理!!」

「貴様携帯を見ていないのかああああああああ!!!!!!」

「誰かこの思春期の少年の様な三成どうにかして意味がわからないよー!」

「さっさと出かける準備をしろ!」


外へ連れ出そうとしていたのに、今度は急に中へと押しこまれた。三成も後ろに続き、がちゃん!と乱暴に鍵を閉め靴を脱いで家の中へ上がって行く。
状況が全く掴めないでただ茫然を三成を見ていたがそういえばお茶出してあげないと、とふと思いぱたぱたとキッチンへ向かう。


「…何をしている」

「え?仕事帰りで疲れているであろう三成くんの為にコーヒー淹れてあげようかなって」

「いらん、先程言った事をもう忘れたのか…さっさと着替えて来い」

「え?は?」


片手でネクタイを緩めながらぼすん、とソファに座る三成。目の前にあるテーブルの上に散乱している年賀状や飲みかけのコーヒー、そして裏返しになっている携帯を見つめると身を乗り出して携帯を取り鎌子に向け投げる。飛んできたそれを慌てて落とさないよう両手でキャッチする。


「わわわ!危ないな、もう!」

「しっかり携帯をチェックしろ!裏返していたら連絡が来ていてもわからないだろう、馬鹿か貴様は…!」

「(全然携帯チェックしてないお前に言われたくねええええ…!)」


ぐぎぎ、と若干怒りながらも携帯を開くとそこには着信20件にメールが1件入っていた。
驚きと着信20件に軽く引きながらも確認すると、全て今目の前でソファに座り足を組んでこちらを睨んできている彼からのものだった。メールには「今から家に向かう、外に出る準備をしておけ」と書いてあるだけだった。


「着信20件って…三成怖いよこれホラーだよ……」

「そんな感想は求めていない!いいから着変えろ!年賀状なんぞ書いてて貴様は馬鹿か!馬鹿だ!」

「馬鹿馬鹿ってうるさいなーもう!アーモンド馬鹿!何なのよ、どこ行くの外寒いよ夜中だよ!」

「貴様、何故今日がクリスマスだと言わなかった!」

「、は?」


思わずぽかん、と口を開けてしまった。
え、何この人今日がクリスマスだってこと今の今まで知らなかったの?え?と、動揺していると顔を赤くして血色の良くなった彼がまた怒鳴ってきた。


「半兵衛様が、せっかくのクリスマスなのに仕事していて彼女はいいのかと聞いてきてくださったお陰で今日がクリスマスだと知った!何故言わなかった!」

「え、いや、…え?」

「慌てた私を見かねてか、秀吉様と半兵衛様が急いで彼女の所へ向かうようにと、仰ったのだ!どこかイルミネーションでも見に行きなさい、と!だから早く着変えろ!!」

「ちょ、展開についていけないんだ、けど…え?」

「今からイルミネーションを見にいく!場所は私が調べた!…プ、プレゼントは用意していない、が、一緒に見にいく事は、でき、る」


今まで鋭い目つきでずっとこちらを睨んできていたのに、ふい、と視線を逸らされる。
ああ、今まで顔が赤かったり貧乏ゆすりしてたりやたら怒鳴ったりしてたのは恥ずかしさからか、と理解した瞬間自分の顔まで赤くなっていくのを感じた。


「…急いで私の家に来て、一緒にイルミネーション見に行ってくれるのは、大好きな秀吉様達に言われた、から?」

「違う!!私が!……わ、私が貴様と共に少しでも過ごしたいと思ったからだ…!」


じわじわと嬉しさが込み上げてくる、そして顔もどんどんにやけてきてしまう。


「…えへへ、着変えてくる!」

「早くしろ!」


ばたん、と部屋に入り急いで適当に服を取りだし着変えてぼさぼさだった髪の毛をちゃちゃっと整える。鏡に移った顔はとても幸せそうに、嬉しそうににやけていた。
イベント事に興味ない三成が私の為に急いで来てくれた、一緒にいたいって言ってくれた…!火照っている頬を思わず両手で覆う。手の冷たさが頬の熱を吸収するが、それでも顔は赤いまま。
ふへへ、と押さえられなかった気持ち悪い笑い声をこっそり吐きだし三成が待っているリビングへと戻る。


「おまたせ!って、何してんのー!!」

「家康なんぞに出す必要はない!不愉快だ斬滅してやる!!」


鎌子を待っている間、ぼーっとテーブルの上を見ていたら偶然家康宛の年賀状を発見してしまったのであろう三成がもの凄い早さで紙を引き裂いていた。


「ああああああ三成の馬鹿!帰ってきたら書きなおさないといけないじゃん…!」

「出す必要はないと言っているだろう!」

「じゃあメール送るもん!」

「メールもだ!」

「じゃあ何で家康に新年のご挨拶したらいいのよ!」

「のろしでも上げていろ!」

「三成って本当馬鹿だよね、後でコンビニで新しく年賀状買うわ」

「何だと!?貴様いい加減にしろおおおお!!」

「のろしなんて誰が上げるか、ばーか!」

「そこに座れ、斬滅してやる…!」

「きゃー!三成くん怖いで……あれ?」


♪〜♪〜♪…


リビングでぎゃーぎゃー言い合いをしていると、壁にかけてある時計から0時を知らせる音楽が流れてきた。0時、つまりは日付が変わって26日になったのだ。
2人して音楽の流れる時計をしばらく眺め、そのままお互い視線を合わせる。


「クリスマス終わったよ三成」

「貴様がだらだらしていたからだ」

「私のせいかよ!」


言われるまでクリスマスだってことに気付かなかった三成のせいじゃん!とは言えず、視線を時計に戻す。今はもう26日、クリスマスが終わってしまったのだ。駆けつけてくれたのはとても嬉しいが、ほんの少しだけ残念な気持ちになってしまった。


「……ふん、ほんの少し過ぎただけだ。行くぞ」

「っうわ、」


ぐい、と三成に腕を引かれ玄関の方へと向かい、靴を履き出し外へ出ようとする。


「数字上では確かに26日に変わってしまったが、私達はまだ25日、クリスマスだ。そう思えば問題ない」

「…そうだね!」


三成の言葉に少し暗くなっていた気持ちが一気にまた明るくなる。パンプスを履き、ドアを閉め施錠しているとふわりと三成の香りがしてきた。


「例え車に乗っていても外は寒い、首に巻いておけ」


後ろから三成が今まで巻いていたマフラーを鎌子の首にぐるぐると巻き付ける。若干力加減が出来てないせいで軽く首が閉まったが、彼の香りに包まれてると思うとどうでもよくなってしまう。こういった不器用な優しさが本当に堪らなく、愛しさを感じる。


「行くぞ、鎌子」


ちゃり、と軽く腕を上げて車の鍵を鎌子見せつけ、ほんの少し微笑む三成。


「うん!」


きっとこれから見に行くイルミネーションはどんな有名なところにも敵わないほど、輝いて見えるだろう。こんなに嬉しいクリスマスは初めてだな、と幸せを噛み締めながら車に乗り込み、シートベルトをつける鎌子。


2人のクリスマスは、今始まったばかり!

ハッピーメリークリスマス!









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