襟の部分を引っ張って、思いきり息を吸い込んでみる。
すこし油のような、かび臭いような、そんな臭いがする。

鏡に写る自分のすがたを見て、ため息をつく。
煤けたツナギ服に身をつつむ10代女子は、果たして全国にどれくらいいるというのだろう。


(まあ、好きなことやってるんだし。)

仕方ないと割りきらなければいけない。
だって、そんなの、彼らに失礼だ。





「でもやっぱり、くさいのはなあ…」


すんすん





さっきから、自分の匂いを嗅ぎ続けている名前さん。
かわいらしい鼻を鳴らす音が、わずかに聞こえる。
まるでせわしなく動きまわる小動物のようだ。

名前さんはレース中は冷静にチームのサポートをしてくれている。
いまの姿から想像できないくらいに、凛々しく立ち振舞うんだ。




「ちょ、烈くん…なに笑ってんの!」


彼女の二面性を知っているのは、僕たちだけ。
ちょっとした優越感に思わず笑みをもらしたみたいだ。




「なんだか、ウサギみたいでかわいいなあって」


かわいいとストレートに伝えるのは照れくさくて、おどけた言い回しにした。

彼女はきょとんとした表情のあと、腑に落ちない表情に変化した。





「烈くん。」

「なんですか…って、うわあ!」






かわいいこにかわいいと云われても。素直に喜べないのはひねくれているせいだろうか。
ひょいと抱き上げ、膝に乗っけてしまえば
どうだ、烈くんのほうが小動物じゃないか。


「名前さん!はなしてくださいよ!」

「かーわーいーいー」



赤い髪にぐりぐりと額をすりよせる。
膝にかかる重圧が心地よい。
後ろから見ても、彼の耳は真っ赤に染まってる。
彼は優しいこなので、暴れて解放を臨むようなことなんてしない。
話し合いで決着をつけようとしているみたいで、此方に視線をよこし、何か言おうとしている。
振り返った烈くん。
首筋がちょうど目の前にあったので、そこに顔をうずめてみた。


「烈くん、いい匂いする」

「!!」





すんすんすんすん




羞恥に耐えられなかったのだろう。
涙を目一杯こらえながら、セクハラです!と叫ばれた。


この世にセクハラを訴えられる女子はどれくらいいるというのだろう。





(0510/レフト)