「ピーター!ピーターU!」
「どうしたい、そんなに騒いで」
「スイカ割りしよう」


記録的猛暑により地獄と化した今夏もいよいよ終わろうというときに、汗だくになりながら丸い球体を引きずってきた私を見たピーターUは目を細めただけでノーリアクション・ノーコメント。むなしい。


「あのーピーターさん」
「どこから掻っ払ってきたんだそのスイカは」
「そんなこと心配しないでよ!ちゃんとした頂き物だよ!」


スイカだけでなくブルーシートも目隠し布も棒代わりのデッキブラシも用意してある。完璧じゃん。厩舎の前に黙々と設営を始めるとピーターは、オレに拒否権はねえんだろう…そう呟きながらも傍へ寄ってきた。やると言ったらやる私の頑固さをピーターは誰よりも知っている。無駄な抵抗は心の底から無駄である。この潔さをワクチンも受け継いでくれたらいいのに、あれで結構くせ者だから私も手を焼くってもんだ。
真っ青なシートの海の真ん中、艶のいいスイカを置いてデッキブラシを小脇に抱え目隠しをする。


「準備オッケーです隊長」
「じゃあな」
「えっそれはさすがにひどいやピーター!スイカ食べたいでしょ?」
「割る労力がもったいない」
「私が割るんだからいいじゃん」


ピーターは長いため息の後に何も言ってくれなくなった。蹄の音がしないので立ち去りはしていない…はず。仕方なく適当に棒を片手に引きずりながら前へ進んだ。これは正しいスイカ割りのやり方ではない。つま先にスイカらしき固い物体が当たったので数歩下がって棒を振り下ろしてみる。渾身の力で棒がブルーシートに埋まった。あれ?


「…もう少し前に出ろ」


そう!それだよピーター!スイカ割りってのは第三者の指示がなくちゃあ成立しない…いたたた背中小突かないでよ私割れてもおいしくないって!


「右だ、右」
「はいはい」
「行き過ぎだ。戻れ」
「戻る?こう?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…あの、指示を」
「お前勘が鈍すぎる」
「なんだと!」


冷静に考えてみたらこの状況かなり滑稽だよなあ。馬に見守られたスイカ割り。山中さんとワクチンも参加予定だったけどいないもんは仕方ない。いや、約束の時間に戻ってこないあいつらが悪い。調教過多だって立原せんせーにチクってやる。


「ま、また空振った…」
「センスも無いな」
「真面目に言ってるだろうけどこれけっこー体力使うんだよ?ねえ」
「左」
「ねえ」
「そこだ!叩け!」
「せいっ!!」


バッコン


突然出されたGOサインにビビりながらもありったけの力を持って叩くと確かな手応えがあった。痺れる掌で目隠しを取り去ると、「とりあえず割れている」スイカがそこに転がっていた。納得いかない。


「やっぱりこう綺麗に真っ二つーにはならないんだね」
「お前の力じゃこれが精一杯だろう」
「…食べる?」
「そうだな…」


スイカを処理しようとしゃがんだら、背後から徐々に迫り来る蹄の音でブルーシート上の水滴が跳ねた。それが誰だかわかっているからピーターは振り返りもしない。


「あー!もう割れてるやん!」
「おかえりー山中さんとワクチン」


馬上から軽々飛び降りた山中さんはスイカを見てがっかりしていた。やりたかったんだろうか。恨みがましい視線が送られてくる。


「待っててくれてもよかったんと違う」
「そんなの待ちきれるかー」
「あっ誰がシート持ってきた思てんねん!」
「うひゃいひゃいーやまなひゃはんれふ!」
「せや」


引っ張られた頬を庇いながらワクチンの元へ寄ると、ごす、と鼻先で額を突かれる。彼なりの挨拶である。山中さんといい、人の顔面をなんだと思っているのか…。まだ息の荒い馬体は汗ばんでいた。兄貴と二人でやったのか?と呟くので肯定すると軽く笑われた。なんだってんだ。山中さんはスイカの破片を拾い上げている。


「しっかしずいぶん不細工に割れたもんやな」
「大きさバラバラだよね」
「半分ぐずぐずで半分無事てどういうことやねん…そのでっかいのもっぺん割ったれ」
「へーい」


用意が整ったところでスイカタイムとなった。座り込んで形とか気にせずがっついている山中さんの横でピーターもモシャモシャと噛み締めている。みんな喉が乾いてたんだなあ。あっという間になくなってしまいそうだからワクチンの分を適当に確保して運んであげた。


「ワクチン、それ汚れちゃうでしょ。取ってあげる」


シャドーロールを指差してから自分の手が真っ赤なことに気づいた。真っ白いシャドーロールを汚すわけにはいかないので服で手を拭いたらワクチンがものすごく嫌そうな顔をした。


「お前なあ」
「洗えば落ちるからいーの」
「がさつにもほどがある」
「スイカあげないよ」


四肢をたたんで休むワクチンの脇腹を背当てに借りてスイカにかじりついた。みずみずしい塊は夏の味がする。


「ワクチン」
「なんだ」
「あんまり無理しないでね」
「オレを心配してるのか?」
「心配だよ、いつだって」
「…………」
「…どうしたの、上向いちゃって」
「あんまり素直だから雨でも降るのかと」
「…………」


この夏が終わったらいよいよ忙しくなる。ここにいるみんなの菊花賞に懸ける想いは筆舌に尽くしがたい。ピーターは想いのために無理をする馬だった。ワクチンもきっとそうだろう、だから私はあんまり安心ができない。本人たちに大丈夫って言われても安心できないんだ。

センチメンタルなことを考えながら種を並べてハートの形を作っていたら、山中さんがこちらを見てお似合いやんなあと茶化すので皮を投げ付けてやった。


「で」
「ん?」
「どこから掻っ払ってきたんだこのスイカは」
「立原せんせーがくれたんだよ!兄弟揃って同じこと聞かないでよ!」