気がつけば窓が開いていた。
月が覗く。星座がちらつく。

侵入する真冬の空気にぶるりと身をふるわせる。
換気したんだっけ、とりあえず窓を閉める。からからから、ぴしゃり。安っぽい音が部屋に響く。
窓を開けっ放しにしていたとわかると、とたんに寒くなったような気がした。
紅茶を飲んであたたまろう。
さっき淹れたばかりのフレーバーティーは、まだ熱を保っているはず。
かちゃん、音が響く。
外からじゃない。
この部屋から。
すぐ、後ろから。



「!!!!!」
「戸締まりが甘い。関心しないな」
「どっどどど」


どちら様ですか!

必死に絞り出した問いに、突然の来訪者はいぶかしげに眉をひそめる。
銀髪のそのひとは、この部屋にそぐわぬ風貌をしていた。
この部屋に限らず、この世に沿っているとも思えない。

ゴミ捨て場から拾ってきたテーブルの上。
浅く腰をかけ、長い足を組み、私のマグカップで紅茶をすすっている。
全ての組み合わせがちぐはぐだった。

マグカップをテーブルに置く銀髪のひと。
切れ長の目をそっと伏せて、ため息をついた。「名前」
わたしの名前をつむぐ。
浮世離れした美しさに息をのむ。たとえ、背景がわが家の手狭なキッチンだとしても。


「もしかして、もしかしたら…南野くん?」
「今は"蔵馬"だ」


名前を言い当てると、彼はにっこりと微笑んだ。
ひとつひとつの所作に、わたしは翻弄されている。
みなみのくん、と呼びかければ「蔵馬」と正される。
初めてお目見えする妖狐の姿を、優等生の彼に結びつけるのは難しかった。

「なんでうちに来たの?」

妖狐の姿で学校の課題ってことはないだろう。
学校のことは南野くんの問題だからだ。

目を細めて笑う姿は、獲物を狩る狐のように思えた。
彼は魔界の住人なんだと再三にわたり実感する。


「お前が言った」
「あれはその、社交辞令のようなもので、」
「この姿を見せたんだ。タダじゃない」


窓に背中をぶつける。気がつけば後退していた。
狐は目の前まで迫っている。
顎をとられると、逃げる気なんて湧くわけがなかった。

「"秀一"もそう望んでいる」




南野くんが現れて、「冗談ですよ」と言ってくれるのを願った。
早くしろ、南野。