「吊り橋理論ってあるだろ」
「ツリバシ…」
「恐怖心と恋心は似るんだな」
「…こい、」



城戸は恐ろしく深いため息をついた。
崩れ落ちるようにテーブルに突っ伏す。
トレイにのった、ハンバーガー3つ分の紙屑が揺れる。
柳沢はすでに氷しか残ってないコーラを、音をたてながら啜った。寒いな、と感じた。駅前のファーストフード店はドアがしきりに開閉されるから、仕方がない。
腑抜けた友人を見ながら、柳沢は困惑していた。
彼らは生死を共にした文字通り戦友で、有事の際には助力してやりたい。そう思っている。


「あのひとに会いたい」

城戸の弱々しく発せられた願いは、身が引きちぎれるほど切な願いだった。
天井の空調が矢鱈とうるさく、城戸の呟きは乾いた風に吹き飛ばされてしまいそうだった。
ひとしきり思いの丈を喋り散らし、ハンバーガーを食べ終わると、電池が切れた玩具のようにテーブルに項垂れた。

フラれたならからかってやる。
成就するならどついてやろう。
今世紀最大の叶わぬ恋。
想い人は、人に非ず。



白く細い指が、城戸の首を捉える様子を、柳沢は鮮明に記憶していた。
目の前を何かが通過したと感じた瞬間に、城戸はあの人に引き倒され、拘束された。
幻海が止めなければ、城戸は死んでいたかもしれない。




どうせ叶わないくだらぬ恋だ。
きっと城戸も承知している。だからこうして管を巻いている。
そこが桑原とは違うところなのだろう。
柳沢は急に面倒臭くなった。


「あーもういくぜ!城戸!」
「どこにだよ…」
「ラーメン食いにだよ!」


城戸は凍りつくように固まった。
会いたい会いたいとぼやいていた癖に。怯えているんだ。


「むむむ無理だって!」
「うるせえ。ほら海藤も行くんだってば」
「俺はいいよ」


男の一方通行は見るに耐えない。ならば、そのつり橋とやらから、突き飛ばしてやろう。
聞くところによると、幽助は妖怪絡みの何でも屋をやっているらしい。
彼らの数少ないパイプラインをたどれば、そこしかなかった。
幽助なら、面白がってとりあってくれるかもしれない。

ずかずかと出口へ向かい、ガラス戸を押す。
冷たい風が容赦なく吹き込む。
店にきたときよりも寒くなったかもしれない。

慌ててあとを追ってくる城戸。
海藤はテーブルで読んでいた文庫本をゆっくりと鞄にしまっている。
海藤を連れ出すことにさして意味は無いが、ここまでくれば一蓮托生である。俺だって面倒臭い。

俗っぽい電飾に照らされた道は明るい。
俺たちの未来のように。