シャーペンをがちがち鳴らしながら、もう諦めようと伸びをしたとき、紙の山に埋もれたバイブ音に気づいてケータイを開く。幽助からのメールだった。


『悪い、今そっち向かってる!』


こりゃいかんと思い部屋から出ようとした刹那、バァンという大袈裟な音とともに窓が割れた。外からの侵入者、ここは3階だ、にも関わらずなんという過激なアクション。スタントマンだって並ならぬ覚悟をするだろう無茶苦茶を、あっさりやってのけるのは役職云々以前に彼が人間ではないから仕方ないのかもしれない…なんて冷静すぎるスタイルを保っているけど実際の私はただ呆然としているだけだった。
散った硝子を踏み付けて、黒い塊は顔をぶっきらぼうに腕で拭った。細やかな破片を受けてできた頬の流血は服に染み込まれてわからなくなった。巨大なカラスのようだった。
じり、と歩み寄られる。後退しようにもとっくに背は壁についていた。


「飛影」
「まさかこうもあっさり出し抜かれるとはな…正直驚いた」
「あのね、飛影」
「ナメられたもんだぜ」
「ひえ、」


スウェットの胸倉を掴まれて引き寄せられる。私のほうが少し背は高いが乱暴な力であっさり差は詰まり、結果かなりの至近距離で見つめ合う状態になってしまった。
そこでやっと邪眼が開いていることに気が付いた。ギロリと私をねめつける異様な眼。飛影はあからさまにふてている。なんて返そうか戸惑って、また頬に滲み出した血に指先で触れると、更にぐっと近付いて唇同士がぶつかった。


「ぶっ」
「これまでの労力、返せ」
「唐突すぎる!」
「落とし前は必要だろう?」


机上に散らばっているのはやる気皆無な参考書やノートだった。単純な話、学校が試験期間に突入したからしばらく行方を眩ませただけだったのだが、それだけのことがかなりの大問題で相当てこずった。不意打ちで訪れられると(たとえ目的が睡眠でも)こちらとしては構わない訳にはいかなくて、そうなると勉強なんかどうでもよくなっちゃって、最終的にこの悪循環は絶対よくない…と思うに到った。そんな私個人の、飛影の気持ちなんてぶっちぎりでシカトこいた都合で会わない日が長く続いていた。
行方不明になるのはそう難しいことではない。幻海ばあちゃんに簡単な結界をお願いしたのだ。家ごと行方を眩ますトリッキーな結界はやはり見つかりにくいようで、たまに蔵馬や幽助から飛影がイラついているなどの報告を受けるぐらいで特に何事も起きなかった。今の今までは。
そんなに執着されている自覚なんてなかった。でも、邪眼を使うまで、とは…


「ごめんね、飛影」
「……………」
「明日までだから」
「………眠い…」
「おおい!」


手間かけさせやがってと悪態を吐いてもたれかかってきた飛影を支える。もう一度ごめんと口に出したら寝息で返ってきた。そろそろ日付が変わる。あと少しなんだ、でも今日はベッドに潜って一緒に眠ろう。
靴下越しにちくちくなにか刺さる、これは硝子の破片。掃除とか、勉強とか、心の底からどうでもいい。ああこれがいけないんだよなと諦めながらも、胸の奥がただ熱い。