ピロピロピロピロ…

不意に研究室の電話が点滅したとき既に深夜1時を回っていた。その日は博士に任された資料分析が全然はかどらなくてつい夜更かしをしてしまったのだけれど、それが果たして吉凶どちらに転んだのか僕には判断が付かない。
夜中に電話なんて非常識じゃないかと訝しみ少し躊躇ってから受話器を取る。


「…もしもし」
「あーその声は、J!Jくんだ!」
「え」
「君ねぇー子どもはぁー10時前に寝なきゃっだめっ」
「あの」
「でもそんな悪い子ちゃんなJくんにぃー頼みがあるんだなぁー」
「な、なんですか」
「迎えに来てください。もう動けない、おぇっ」
「えー!?」









久々に昔の同級生たちと会っていたらしい。研究員である彼女の姿が丸一日見られなかったのはそれが理由だったのかと思いつつ靴を履いた。
電話で今どこにいるのか尋ねても非常にあやふやな物言いで不安だった。なんとか聞き出した「すぐ向こうにコンビニと研究所の屋根っぽいものが見える」という情報を頼りに場所を推察して夜道を走った。今更言うまでもないが彼女は非常に酔っ払っている。あんな無防備な状態で万が一にも事件に巻き込まれたら大変だ。そう思うと気が気じゃない。女性だから余計に怖い。

街灯が頼りなく佇む中、電柱に背を預けてもたれるように彼女は立っていた。僕の姿を認めると、へらっと笑って手を振った。


「やぁやぁ!電話振り!」


音量調節の出来ていない大きな声は周囲の迷惑など微塵も気になど留めていない。


「限界超えるまで飲んじゃ駄目ですよ、酒は飲んでも呑ま…」
「いや、お姉さんは酔ってないよ、頭がぼーっと、してるだけでね」
「それを酔ってるって言うんじゃないですか」
「ちょぉーっと!ちょっと肩貸してくれりゃあ帰れますよ、何たってお姉さんは大人?ですから?」
「ベロンベロンですけど」
「あぁー、いーのいーの、よろしく!」
「うわっ酒くさっ」



がっちり彼女の右腕が肩に回された。運ぶにしても自分より背が高い、足取りのおぼつかない大人には手こずってしまう。飛び飛びな会話を繰り出す呂律すら曖昧で、ああなんてだらし無い大人。きっと個々で歩いたほうがいくらか早いだろうに彼女は断固として離れなかった。たまに耳元を掠めていく低い笑い声に胸が詰まる。僕の顔色より真っ赤な頬をした彼女は、散り際の桜枝を手折ろうとして奇怪な動きをしたり時折吐き気を催したり散々だったけど、なんとか諌めてやっとの思いで帰り着いた。重みと疲労に耐え切れず、ベッドに二人で縺れるようにして倒れ込む。


「J、おやすみぃー」
「せめて着替え……もう寝てる…」


着替えを勧めるどころか水を与える暇もなかった。悠々と爆睡の淵へ滑り落ちていく彼女に布団を掛ける。今夜はここで寝る予定だったのにとんだ珍客だ。まさか隣に潜り込む訳にもいかないから、そのベッドに上体のみを預け自分の腕を枕にして僕も眠ることにした。どちらかにくっついてきたのか桜の花びらがシーツに張り付いている。瞼がゆっくり落ちてきた。疲労で微かに身体が火照り、それがひどく心地よい。

これだけ大騒ぎしたのにきっと起きたら何も覚えてないんだろうな。全く大人は都合の良い風に出来ている。ずるいや。





(090405)