君に会いに行った
道に迷った







閑静な住宅街がどこまでもつづく。
似たような家々が建ち並ぶ。
ひとを拒むかのようにせりたつ土塀。金網フェンス。赤煉瓦。

欧米的にも見えるが、やはりどこか馴染まない。
物音ひとつしない。
誰もいない町。

そう錯覚するのは自分が異国の者であるからだろうか。

春めいた風がふいた。





道に迷っていた。



連なる民家の暮らしぶりを覗きつつ、歩き続けている。
道に迷ったからといって、立ち止まるのは性に合わない。
また、無計画でいる自分を珍しいと思った。



「まいったな」


とりあえず口にしてみた。
しかし途方に暮れているわけでもなかった。
穏やかな春風に、つまらない愚痴は吸い込まれる。

手立てが無い、それは悲しいくらい確かなことで。
焦りや苛立ちは、迷う過程でどこかに脱ぎ捨ててしまったんだ、きっと。

白い壁がひかりを反射し、じんわりと心地よい温もりが身体を被う。
沿道に植わっている花が濃く薫る。



その茂みから、ネコが
出てくるものだから驚いた。




「にゃあ」



此処に迷いこんでから、はじめて動きのある物に出会った。
勝手ながらも、猫相手に親近感もつ。
黒々と艶やかな毛並みの猫。
挨拶をつもりか、ひと鳴きしてからこちらを見上げてきた。

首輪はしていない。
野良猫にしては、とてもきれいな黒猫だ。
ぴんと伸びたしっぽの先が、不自然に折れ曲がっている。
唯一の欠点である折れた尾が、誇らしげにゆらり、ゆらり。



ゆらり

ああ、思い出した。







「あいつはどこだ」


「にゃーん」


「お前、知らないか?」


「猫に話しかけるなよ!」





急速に音を取り戻した世界。

沿道に飛び出してきた名前。
危ないじゃないか、と文句のひとつも言わなければ。

名前の方に顔を向けると、後ろに戸が開いたままの家が見えた。
慌てた様子が伺える。
どうやら知らぬ間にたどり着いていたらしい。



ああ、やっと会えた。






「ありがとう。お前のおかげだ」

「にゃ」


「因みに此方の猫は、シッポサキマルマリさんです」


「シッポ…?」


「しっぽの先が丸いから、シッポサキマルマリ」


「お前も猫に話しかけるなよ」





(090418レフト)