「(いま何してる?)」


学校を抜け出したのは、つい先ほどのことで
エーリッヒに会ったのはそれからわずか数分後のことだった。

誰もいない廊下を抜け、外へと向かう。
体育の授業があるため、グラウンドを避け、裏門から出た。
ちょうどその頃、エーリッヒからのメールの返信がかえってきた。


「(今から会えませんか?)」



意外と早い返信と、その内容にに驚いた。
まだ午後が始まったばかりの時刻。

小学生、兼グランプリレーサーの彼は多忙の身のはず。
暇をもてあます私なんかとは違うのだ。
気を遣わせてしまったのかもしれない。
なにせ彼は勘が良すぎる。
一通のメールだけで、きっと色々わかってしまうのだろう。
どう答えようか。
携帯を片手に考えあぐねていると、目の前にエーリッヒが現れた。



「…びびった」

「よかった、すれ違いにならなくて」

「学校さぼったの?」

「お互い様でしょう」



どうしてわかったんだろう。
学校を抜け出したなんて、一言も言ってないのに。

こうやってエーリッヒは私を迎えにきてくれていた。
お互いにっこりと微笑むと、そのまま手で手をつつまれる。
通学路でばったり。
そのまま私たちは二人並んで、あてもなく歩きはじめた。

昼間から子供がふらふらしているせいか、時折諌めるような大人の視線を感じた。
繋がれた右手が心強い。
どこまでも歩いていけそうな気がする。




「何かあったんですか?」



どんどん学校から離れていく。
歩みは止まらない。
自分が去ったあとの教室を想像してみる。
私の不在に気付いたひとなんて、いるのだろうか。

「よくあることなんだよ、きっと」



よくあることだ。

学校という閉鎖された空間だと、特に。




女のいじめは陰湿だ。
まさか自分が標的になるとは思いもしなかったけれど。

理由なんて、あって無いようなものだ。
下らなさすぎて笑ってしまう。

稀有な縁あって、私はドイツチームと仲がいい。
ミハエルを筆頭に、顔立ちも育ちも素晴らしい方たち。
平々凡々と暮らす私が、気安く話しかけるなどおこがましい。
それが彼女たちの言い分らしい。

無視や風評被害は当然のように起こった。
しかし私に制裁を与えようと憤る女子は実際には少なかった。おかげで、完全に孤立することは免れた。

なるべく気にしないように心がけてきた。



「なんか、疲れちゃってさ」


ここ最近の近況をぽつりぽつりと話していく。
言葉にすればするほど、下らなく思えた。
なぜこんなことで悩んでいるのだろう。
逃げるように学校を抜け出した自分さえも、情けなくて泣けてしまう。

エーリッヒはあまり表情を変えず、話に相づちをうつ。

「そうですか」



私を守ってくれる声だ。