◆Attention!
・イナゴアニメ25話放送の段階で製作
・雪村の姉設定
・25話までのネタバレ有り
・諸々の捏造あり
・許せる方のみどうぞ!









 涙よ三秒だけ止まれ。お願いだから。
 この人を、笑って送り出したいの。




「えっ…辞めた?」

 つい今しがた、弟から聞いた言葉が信じられなくて、思わず聞き返した。豹牙は表情を変えずに肯定する。

「あの人は…あいつは白恋を捨てたんだ」
「そんなはずっ」
「無いならどうして辞めたりしたんだよ!」

 彼の話題が上がってから、初めて表情を変えた豹牙に慄く。吹雪が理由無く白恋を辞めるはずがない、そう思っているのに。酷く傷付いた表情の弟を目の当たりにして、彩子は何も言えなくなってしまった。



 お願い、電話に出て。先日無理を言って交換した連絡先が、こんな形で役立つとは思っていなかった。
 コール音が続く。彼が電話に出ることもなければ、留守録にも繋がらない。一度切るべきか、悩みつつコールを続けていた、その時だった。不意にコール音が途切れる。

「あっ、あの吹雪さん?!」

 気が急いていたせいで、相手のレスポンスを待たずに喋り始めてしまった。しまったと思いながらも、吹雪の反応を待つ――が、数秒待っても、電話口から彼の声は聞こえてこない。

「えっと…あの、もしもし?」

 もしかして、間違えてかけてしまっただろうか。一旦切った方がいいだろうかと悩んだときだった。

『彩子ちゃん?』

 自分の名を呼ぶ、吹雪の声、だ。良かった、思わず安心してケータイを落としそうになる。

『どうしたの?』

 きっともう、連絡を取った理由をわかっているであろううに、吹雪はそう訊ねてきた。触れられたくないのかもしれない、そうは思ったが、ここまで来て逃げられない。

「豹牙に、聞きました。白恋のコーチを辞めるって」
『…そう』

 相槌を打つだけで何も言わない吹雪。再び沈黙。このままでは拉致が明かないことを察した彩子は賭けに出る。

「吹雪さん、少し私と会ってくれませんか」
『ごめん、今はちょっと、』
「学校に一番近い公園で、19時に待ってます。あなたが来なくても私は行きます」
『彩子ちゃ』
「待ってますから!」

 吹雪が何か言いかけたが、無視して電話を切った。
 もう後には引けない。




 指定した時間よりも15分程早く着く。予想はしていたが、やはり吹雪の姿は無かった。近場にあったベンチの雪を払って座る。予報では、深夜になるにつれて雪が降る可能性が高いと言っていた。これ以上冷えるなら、もう少し厚着してきた方が良かったかもしれない。
 とりとめもないことを考えながら、宛もなく彼を待つ。約束、とは言ったが、本当に一方的なものだ。来るかどうか怪しい。
 それでも、彼を信じたかった。いつだったか、吹雪と話したときに、本当に白恋が、サッカーが好きなんだと感じたから。

 どのくらい時間が経ったのだろう。時間を確認する術はない。
 普段は身につけている携帯電話も、家に置いてきてしまった。来ないという連絡が来ることなど、考えたく無かったのだ。もしも来なくても、ただひたすらに待っていたかった。それが自己満足でも。
 ついに雪が降りだし。暗い空を舞う白を目で追いながら、ただひたすら待つ。手の感覚が徐々に無くなっていくという事実だけが、唯一彩子に時間の経過を感じさせる方法だった。

「っくしゅ、」

 流石に体が冷えてきたようで、背中に悪寒が走った。でも、もう少しだけ。空いている手で腕や足を少し擦る。ついと視線を下げて、積もりはじめた雪を見た。
 不意に、後ろから肩を掴まれた。ハッとして振り向く。

「何やってんだよ…!」
「豹牙…?! ど、どうして」

 荒く、冷たくなった私の手を掴み、顔をしかめる。

「あいつを信じるだけ無駄なんだ」
「そんなことない!」
「信じた結果がこれだろ?!」
「理由も無く裏切るような人じゃない!」
「いい加減気付けよ!」

 豹牙が声を荒げる。今にも涙が零れそうなほどに揺れている瞳に真っ直ぐ見据えられ、彩子は息を飲んだ。

「信じるだけで状況がかわるなら…っ」

 俺だって、と。消え入りそうな声で呟いた言葉が、彩子の耳に届いた。

「豹牙…」
「くそっ」

 悪態を吐き、背を向けて走り出す豹牙。それを見送りかけて、彩子がはっとする。

「豹牙!」

 追いかけようと、一歩踏み出したところで体が傾ぐ。
 地面が近付いてくる。冷静にもしかしたら顔からつっこむかもしれないと思い、咄嗟に目を閉じた。

「あー…その、」

 聞き慣れた、頭上から降ってきた声に目を開く。少し頭の向きをかえると、すぐそばに吹雪の顔があった。



 First word by 確かに恋だった
 20111029 ayako,i

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