唐突に昔のことを思い出した。引き金はきっと、声を押し殺して泣く彼だろう。背にそっと腕を回す。あのころより広いはずの背中が、今だけは小さく感じた。



 いじめられっこだった。
 何が気に入らないのかはわからなかったが、どうやらわたしはみんなの勘に障ったらしい。男子からも女子からも、大なり小なりつっかかられていた。
 ただ一つ、彼らの前で泣くことだけはしなかった。泣いたら認めてしまう気がしていたのだ。彼らに屈した、と。だから、泣かない。少なくても人前では。
 救いは、幼なじみである神童や霧野が普段と変わらず接してくれたことだ。いや、多分二人はわたしを敵にする側には回らないと、彼らは考えたのだろう。
 幼いながらにいじめ行為は、精巧に隠れて行われていた。そしてわたしも、二人にその事実を気付かれたくなかった。知れば二人は、今まで気付かなかったことを酷く悔やむことがわかっていたから。双方の利害が良くも悪くも一致したのだ。
 しかし、そこそこのスパンで行われていたその行為に全く気付かないほど馬鹿な二人ではなかった。

『やめろ!』

 ある日突然、いつもの空間に、いつもは無い声が響いた。いつもはこの場に居るはずのない声。わたしの背中越しに聞こえてきた声に、彼らは酷く驚いた表情を浮かべていた。わたしはゆっくり振り返る。そこにいたのは、やっぱり、彼だった。

『彩子が何をしたんだ!』

 わたしと彼らを隔てるように間に立った神童。何を、と言われてもわたしは実際何をした訳でもって無いので、対峙する彼らは口ごもるしかない。霧野の声も遅れて聞こえてきた。なにをしているんだ、と。いよいよもって状況が悪くなった彼らは、逃げるが勝ちと言わんばかりにさっさとその場を後にした。
 わたしと神童、霧野だけが残る。
 ついにばれちゃったな、なんて他人事みたいに頭の片隅で考えた。ぼろぼろになった私を見て、二人が少しだけ顔を歪める。

『ケガは、』

 霧野の言葉に、頭を横に振る。事実だったから、やましさはなかった。あるのはどちらかと言えば気まずさ。とうとう、バレてしまった。二人がどんな反応を示すか、それが一番、こわい。

『…どうして』

 黙っていたんだ。絞り出すような声だった。何もいえない。心配させたくなかったというのは本心だが、告げたところでそれは二人も察していることだろう。

『ごめん…』

 他に何も出てこなかった。ただ、謝罪の言葉だけ、雨粒のように落ちた。
 不意に、神童の目から、はらりと涙が零れる。きれい、場違いに思うのと殆ど同じタイミングで、自分の体が傾いだ。対峙していた神童に抱き寄せられたのだと気付いたのは、彼の押し殺すような声が耳元に届いてからだった。

『たっくん、』

 名を紡いでも、腕の力が強くなるだけで根本的な解決にはならなかった。動揺したわたしは霧野に助けを求める。蘭ちゃん、殆ど声にはならなかったが、彼は気付いたようだった。少し肩を竦める。

『自分が不甲斐ないんだ』

 オレたち。声が揺れていた。どう反応していいかわからなかった。心配かけまいと何も言わなかったわたし。気付かなかったことに悔やむ二人。相対したわたしたち。わたしが素直に助けを求めれば、何か変わったのだろうか。そんな、なんて。

『彩子、』

 神童に抱きしめられたままのわたしの頭を、霧野が軽く叩いた。頭を少し動かして、霧野を見る。ごめんな。ぽつりと落とした言葉。謝られるなんて、そんな。誰が悪いとかないよ。神童がまた少し、腕に力を入れた。

『お前は我慢しすぎだ』

 堪えるような声。ああそうか、彼はわたしの代わりに泣いているのか。
 たっくんは泣き虫だねぇ。場違いに明るい声が出た。嬉しかった。もっと泣いてほしかった。それから、ありがとうと伝えたかった。



★20111230 ayako,i


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