・蘭ちゃんヘアメイクアーティスト(兼スタイリスト)設定
・24、25歳とか…? そのくらいなイメージ。ヒロインはそれより下
「よ、よろシクオネガイシマス」
部屋に入った自分の顔を見るなり、バッと頭を下げた彩子に、霧野は目を丸くした。成る程彼女が例のスカウトモデルか。神童から聞いていた容姿とも合致する。
「よろしく」
取り敢えず座って。ドレッサーの前にある、メイク用の椅子を示すと、彩子は少し首を傾げたようだった。
「…あれ、もしかしてオレの事知らない?」
自分の知名度を鼻にかけるつもりはないが、この年代の女性が知らないのは正直意外だった。彩子は霧野が気を悪くしたと思ったらしい、慌てた口調でまくし立てる。
「すすすみませんわたしあんまり最近話題の人とか詳しくなくてとくにあのテレビとか雑誌見ないので余計に若い人で有名な人はわからなくて…!」
あまりの慌てっぷりに、霧野は思わず噴き出した。その様子に目を点にしたのは彩子だ。何故霧野が笑い出したのか、全くわからない。
「いや、ごめんごめん。そうか、オレのこと知らないのか」
むしろ清々しく笑い始めた霧野に、唖然とする他ない彩子。ひとしきり笑うと満足したのか、霧野は彩子に向き直った。
「オレ、霧野蘭丸です。今日、君のメイクを担当させてもらいます」
「あ、一ノ瀬彩子で…え?」
オレ、メイク担当なんだ。
爽やかな笑顔を浮かべる霧野に、彩子は思わず声を上げて驚いた。
「すみません、てっきりモデルさんなんだと思って…」
やっぱり、霧野はひとりごちた。モデルだと思っていた人間に、手近なイスではなくて、わざわざドレッサーの前にあるイスを勧められたのだ。首も捻りたりなる。
「いや、オレもちょっと過信してたって言うか」
え? 彩子は不思議そうな表情を浮かべるが、気付かなかったフリをして準備を進める。
「よし、じゃあ始めますね」
霧野の言葉に返事を返す彩子の声が上擦る。ああ恥ずかしい…もう帰りたい、まだ何も始まっていないけれど。
鏡越しに霧野を見つめる彩子は、内心溜息ばかりだった。
こんなに綺麗なのにモデルじゃないなんて。一応モデルとしてこの場にいるけれど、比較すると自分がどんどん惨めになってきた。
顔も綺麗だし。スタイルも良いし。パンツスタイルも似合っていて。どう考えても自分は場違いだし、むしろわたしよりこの人が出た方が良いんじゃ
…。ネガティブなことは考え出すと大抵止まらなくなる。もう帰りたい、そう思った、その時だった。
「一ノ瀬さん?」
「え、」
不意に霧野が、顔を覗き込んで声をかけた。予想外に近い距離に、声が詰まる。
「緊張してる?」
「え、あ、…そう、ですね」
切れ切れに答えると、少し笑いながら、それもそうか初めてだしな、と霧野は言った。
どんな表情でも様になるなぁ、なんて考えると、一度遮断された思考がまた動き出した。いや、霧野だけではない。他の誰と比べても、自分がここにいるなんて、そんなの間違えなんじゃ。そう思わずにはいられない。
「わたしも、霧野さんみたいだったら、」
「え?」
無意識に溢れた言葉は、霧野に拾われてしまった。口に出てしまったものは仕方ない、彩子は言葉を続ける。
「霧野さんって、どんな表情をしていても絵になるなって思って。わたしなんて、もともと綺麗なタイプじゃないし、他の誰と比べても劣っちゃうし。むしろわたしなんかより、霧野さんが出た方がよっぽど画面も華やかになるだろうし」
パンツもスカートも、なに着ても似合いそう。
霧野が目を見開いた。初対面の人に対して少し言い過ぎただろうか、反応がないことに徐々に不安になってきたが、しばらく流れていた静寂は霧野が噴き出したことによって破れた。
「ふ、ははっ」
最初は耐えるような素振りだったものの、徐々に堪えられなくなってきたらしい。ついに声上げて笑い始めた。
「え、あの…」
「いや、ほんとごめん、ちょっとタイム」
肩を上下させながら笑い、ややあって満足したのか、霧野は彩子に向き直った。
「いや、なんか勘違いしてるみたいだけど、取り敢えずオレ男なんだ」
「…えっ」
絶句する彩子を、予想通りという顔で見る霧野。
「というか、一人称で気付かなかったのか?」
「いや…あの、わざとそういう一人称を使っているのかと思って…」
あー最近いるらしいなそういう女の子。納得した表情の霧野をよそに、彩子の驚きはまだ抜けない。
未だ放心状態の彩子に、確認してみるか? と悪戯っぽく笑う彼。とんでもない、思い切り頭を横に振った。
そうか? 残念だな。大して残念がっている様子もなく言った霧野に、思わず溜息をつく。
「そんなに思い詰めなくても、一ノ瀬さんは素材が良いから」
椅子の後ろに立ち、彩子の髪の長さを確認しながら言う霧野。そんなこと言われても。素直に納得出来ない彩子は、少し仏頂面になってしまう。
「まぁ、納得できたら苦労しないな」
気持ちを見透かされた彩子はドキリとする。当の本人はカラカラと笑っているが。さっきから重い息しか出てこない。
「まぁ、不安になる気持ちもわかるさ。でも溜息はそろそろおしまい」
口元に、不意に人差し指が一本当てられる。
「大丈夫」
オレが、魔法をかけるよ。
鏡の中の彼が、不敵に笑った。ドキリ、瞬間胸が鳴る。逆らわせないような言い方に、反射的に、はい、と返した彩子。霧野は満足そうな表情を浮かべた。
「よし、いいぞ」
少し前に、正面に鏡の無い席に彩子を移動させていた霧野が、彩子の手を引いて鏡の前に立たせる。
「これ、だれ…」
「何言ってんだ」
苦笑する霧野。それに対し、言葉が出ない彩子。鏡を凝視するしかできない。
「霧野、そろそろ」
現れたのは、彩子をスカウトした張本人でもある神童だった。そうだな、短く返して、霧野は彩子の肩を叩いた。
「ほら、出番だ」
オレが手をかけたんだ、大丈夫。背中を軽く押すと、その勢いで彩子は踏み出した。
「あ、っ」
振り向く彩子。まだ不安げな表情を残しながら、それでも意を決したように言った。
「いって、きます!」
不意を打たれたのは霧野だった。一瞬驚いたような表情を見せてから、行ってこい、と彩子を送りだす。
神童に会釈してその横をすり抜けた彼女の姿が完全に見えなくなってから、ぽつりとこぼした。
「…化けたな」
「自分でやっておいてなんだ、その言い方」
神童がクスリと笑った。いやだって、と言葉を選ぶように霧野は続ける。
「特別飛び抜けてかわいいって感じじゃないだろ、あの子。最初見たとき、よくお前の目に止まったなって思ったよ」
ひどい言われようだな、苦笑いを浮かべながらも、神童はその日の出来事を思い起こしていた。
「そう、なんだか…目が、吸い寄せられたんだ。理屈じゃなくて、うまく言葉に出来ないけど、一ノ瀬ならって思ったんだよ」
ふうん、何処か楽しげに返す霧野に、お前だってそんなもんだろう? と返す。まあな、簡潔に返事をして、彼女のことを思い返したいた。
一方彩子は彩子で、神童に見初められた期待を裏切らず、初めてだとは思えない立ち居振る舞いでカメラの前でポーズを決めていた。そんな彼女が、霧野のことを雑誌で特集を組まれるほど有名なヘアメイクアーティストだったと認識するのは、まだ少し先の話。
【It's Magic!】
★雑なメモをようやく形にした←
201203113 ayako,i