「あの、彩子さん」

 声が上擦ったなんて、気にする暇は無かった。なぁに? 甘い声で問うてくる彩子に、三国の口元がひきつる。

「いや、退いてほしいな…なんて…」

 辛うじて、彩子の手首をつかんでいるのは三国だが、傍から見れば組み敷かれているのは自分だ。とにかくこの状況を何とかしないと、そう思うものの、押しても引いてもこの状況を打開できる気がしない。

「なんで?」
「説明する必要が?!」

 本気でわからないという表情をしてきた彩子に、三国は思わず叫んだ。
 一体がいけなくてこんな状態になったんだろう。直前の出来事を思い出す。
 雷門サッカー部にやって来た彼女を見送り、自分は買い物を済ませ、彩子の家に向かった。食事の準備をするのはいつも三国だが、片付けは彩子が行う時もある。今日はそうだった。
 ゆっくりしてて、と言う彩子の言葉に甘えて、いつものようにベッドをソファ替わりにサッカー雑誌を読んでいた、その時だった。不意に彩子が近づいてきて、三国が顔を上げた時には、彩子はにっこりと笑みを笑みを浮かべて、彼の肩を両手で突いていた。
 そして、背中がベッドに沈む。状況が飲み込めずに一度体を起こそうとするも、自分の顔の横に彩子が手を付こうとする動作が目に入り、咄嗟にその手首を掴んだ。
 そして今に至る。

「奥手な男は嫌われるよ?」
「いや、そういう問題じゃないでしょう」
「じゃあどういう問題?」

 どういう問題、と言われても。押し黙る三国に、したり顔の彩子。埒が明かない、手の力を緩める。案の定彩子は不思議そうな表情を浮かべた。

「な、」

 彩子が油断して力を抜いた、一瞬。それを狙って、片腕を思い切り引く。油断していた彩子はバランスを崩して三国の方へ倒れこむ。

「わ、ちょっ」

 抗議する声は無視。そのまま三国は入れ替わるように体を起こす。

「形勢、逆転?」

 位置をそっくり入れ替えて対峙する二人。彩子は悪戯っぽく笑った。

「全く…いきなり何するんですか」
「言わなきゃわかんない?」

 それは…、あからさまに顔をしかめた三国に、今度は苦笑した。太一くんは真面目すぎるよ。彩子の言葉に、三国は眉間の皺を深くする。

「オレは、彩子さんにもっと自分のことを大事にしてほしい」
「うん」
「だから、こういう事をするのは」

 言葉を濁し、目を反らす。本当に、優しい人だね太一くんは。向けられた一言に、そんな、とだけ零した。

「女の子だってオオカミなんだよ」
「だから、彩子さん」
「誰でもいいわけじゃない」

 太一くんだからだよ。真っ直ぐに、目を見て告げた彩子。正面からその視線を返して、三国は静かに言った。

「良いんですか」
「いつまでも手繋ぐだけじゃちょっと健全すぎるよねぇ」

 またそういう、余計なこと言って。軽く小突いてきた三国に、冗談っぽく笑って返す。
 自分だけが我慢してたと思わないでくださいよ、彩子さん。
 吐息に混ざって落ちてきた言葉に、彩子はそっと目を閉じた。


【 Who is wolf? 】



★Dear 馨! 前の続きみたいな、ね…!
 
 20120209 ayako,i


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