『ナイショだよ?』

 まだ、ね。いたずらっぽく笑った彼。一瞬、ゼロになった距離に驚きながらもこっくりと頷いたのは、幾つくらいのときだっただろうか。
 あれから月日は経ち、約束事を持ちかけた幼馴染殿は大層見目麗しく成長していた。そりゃあもう、女子の反感を買うほどに。私も例外ではない。正直腹が立つ。でも中身は男前と来たものだから、なんというか、世の中は色々不公平だと思う。

「何だ?」
「え、」

 正面に座っていた霧野が、不意に問うてきた。どうやら物思いに耽りながら霧野の顔を凝視していたようだ。ああ、ええと、しどろもどろになる。いつだったかの約束のことを考えていたなんて、言えない。

「なん、でも」
「そうか?」

 少し首をかしげながらも、深追いするつもりはないようで霧野は手元に目線を戻した――ところで、何か思いだしたように声を上げた。自然と私の視線はそちらに向く。

「この前告られたってきいた」
「その情報どこから…」

 告げられた私の友人の名前。どうしても教えろって言うから教えたのに…もうアイツにはこの手の話はしない、そう心に決める。

「受けたのか?」
「まさか、断ったよ」

 実は相手は学年でそこそこ人気のあるイケメンだったりしたが、残念ながら私には思い人が他にいる訳で。自分がどうこうするっていうのは置いておいても、受ける気にはならなかった。
 ふうん、興味があるんだか無いんだかよくわからない反応を返してきた霧野を盗み見る。真意は全く分からなかった。少しくらい、こう、なにか、私に都合の良い展開になればいいのに。
 思い起こした過去には理由があった。あの時の約束を覚えていてくれないだろうか、なんて、淡い期待を抱いているのだ。私が。
 そんなマンガみたいな展開無い無い、一人ごちて小さく溜息をつく。どうした、声をかけてきた霧野に、なんでもないと無気力に返した。

「ところで」
「え?」
「それ一回きりじゃないだろ」

 …それって、告られたとかそういう話? 問うた言葉に、ただ頷いた霧野。だから、それは。どこから漏れてるんだ。口に出さずとも顔に出ていたらしい。居合わせたり人づてに聞いたり、完結に返してきた霧野の態度を見て、ああもうこれは脈無しだろうなぁなんて他人事のように考えた。
 その時だった。

「いい加減ちゃんと唾付けとかないとダメだな」
「は?」

 身を乗り出した霧野と、不意に距離がゼロになった。目を瞬く。状況が、飲み込め、ない。

「き、り」
「そろそろ約束を果たす為の準備でもしようかと思ってな」

 さっきまで唇に触れていた温度が信じられなくて、思わず口元を押さえる。ああ、顔が熱い。夢じゃないのか。

「覚えてるんだろ?」
「それ、は…」

 思いあがっていいのか、まだわからなくて何も言えない。しょうがないな、何処か呆れたような、仕方が無いといったような表情のまま、霧野はまた距離を縮める。

「オレ、気が長くないから」

 聞かせて。何処か余裕すら感じる表情で言ってきて腹が立つ。ああもう、そんな霧野が大好きだなんて。

「霧野から、言ってよ」

 せめてもの抵抗。少しくらい何かあるかと思ったら、あっさり、しょうがないヤツだな、なんて微笑うものだから、逆にこっちがいたたまれなくなった。でも言わせるけど。

「オレのとこに、嫁に来い」

 まっすぐな視線を受けて、なんだか気恥ずかしくなる。

『お嫁さんになって』

 かつての幼い霧野が重なる。あの頃の自分みたいに、二つ返事で喜ぶには屈折しすぎてしまった私だけど、それでもこれは返さなければいけない。

「――うん」

 もちろん。待ってたんだからね、いつ言ってくれるかって。わざと文句を言うようにいってやった。実はそこまで不満でもないだろう、見透かされた言葉が少し悔しくて、わざと不貞腐れた態度を取った。

「オレの気持ちも知らないで」

 苦笑するように言った霧野の本心を知ったのは、しばらく後の話になる。

「でも良かった、ずっと隠してることにならなくて」
「それってようするに、こうなってないってことでしょ?」

 そんな可能性あったの? 私の疑問に、無いなと狩屋は即答した。聞いたのはこっちだけど、なんだか恥ずかしくなる。

「あとは、そろそろそれなりに本気で取ってもらえる歳だろうなって思ったから」
「何を?」
「プロポーズ」

 どういうこと? 首を傾ぐ。本気も何も、幼い頃の言葉を真に受けていた――正確には、いつか実現しないだろうかと夢見ていたからこそ、今の私があるのだけれど。
 お前じゃなくて周りの問題。霧野の言葉はいまいちピンとこない。察したらしい霧野は言葉を続ける。

「オレは本気だったけど、周りは違うだろ。あの歳なんて精々、『小さい子は本当無邪気で可愛いー』って言って流されるのがオチ」
「それで黙ってろって言った訳か…」
「そういう事。嫌がられたらどうしようかと思ったけどな」

 苦笑を浮かべる霧野に失笑する。よく言うよ、キスまでしといて。私に拒否権なんて無かっただろうに。その選択肢も無かったけど。

「じゃあ、もし私がその約束を本気だと取らなくて、今誰かと付き合ってたらどうするつもりだったの?」

 わざと意地悪い質問をしたのは充実承知だ。我ながら可愛くない。でも、このまま手のひらで転がされたまま、みたいなのは面白くなかった。要するに困らせてやろうと思った。それなのに、だ。

「決まってるだろ」

 この男は、事も無げに言ってしまうのだ。

「奪いに行くさ」

 予想外すぎる言葉に閉口する。そんな強引な、とは思ったが、幼なじみの見た目に反した男らしさを思うと確かに正当な答え…。問うたのは私なのに、それはそれで複雑というか、なんだか負けた気分だ。

「聞きたいことはそれで終わりか?」
「う…ま、あ」
「よし、じゃあ今日挨拶に行こう」

 …誰に? ある程度予想はつくけど、敢えて問う。

「お前の両親」
「いやいや気が早いでしょ」
「バカ、さっき言っただろ」

 オレ、気が長くないんだって。確かに言われただけに、真面目な顔で言われたらぐうの音も出ない。
 これは何を言っても聞かないな。そう悟って止めることを止めた。だけど、そんなことを思いながらも何処かそわそわしてる自分がいた。だって、これだけ思い続けていた人と、ずっと側にいる約束が出来たんだから。
 霧野を見る。目が合うと霧野は綺麗に微笑った。その表情に胸が鳴って、でもそれを悟られるのがなんだか悔しくて。
 だから、この気持ちは当分霧野には内緒。新しい隠し事を、今度は私一人で。霧野にこんな隠し事をする時が来るなんて、なんだかくすぐったい気持ちになる。でも、打ち明けるときにはまた、今日みたいな何かがあると良いなぁ。なんて思いながら、私は隠し事にそっと封をした。



【初めての秘密】




となり様に提出。
 なんだか散らかった文になってしまった…「初めての秘密」って言葉に二つかけたかったのだが、かけきれなかった感が否めない…。
 だがしかし、まだこんなにベタベタなの書けるんだなと実感した←

 20120119 ayako,i




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