反転した世界。目の前には狩屋の顔、その後ろに天井、光。そして気付いたこと。私は、思ったよりも冷静に現状を見ている。

「…何黙ってんの?」
「いや…なんでだろ、逆に結構驚いてるのかな」
「これから何しようとしてるかくらいわかってんだろ?」

 ベッドに仰向けになっている私の頭の横に手をついている狩屋が、上体を捻っていただけの体勢だったのに、馬乗りになってきた。
 あれ、これって思ったよりマズい状況なのかな。私は部活中に狩屋が怪我をしたから、付き添いとしてこの保健室にきて、手当てして戻るだけだったはずなのだけど。
 頭の何処かで冷静に考える。取り敢えず、この体勢をどうするか。考えた結果、拒否しようという気にはならなかった。

「頭悪い訳?」
「失礼な」
「……本当にヤっちゃうけど」

 一瞬、狩屋の目がギラつく。思わず生唾を飲む私。自分で自分の気持ちがよくわからなかった。
 付き合いはじめて三ヶ月、くらいは経っただろうか。口や態度が悪い反面、それは照れ隠しだったりとか、素直じゃないだけだったりとか。何だかんだいいつつ、助けてくれたり、手伝ってくれたり、意外と紳士的な面も見えた。始まるまでは色々あったけど、いざ関係が始まってみたら、とても心地好いと感じた。
 多少の我が儘とか、意見の相違はあったけど、別に不快になったわけじゃないし、狩屋も私が嫌がるようなことは無理に押しきってしようとしたりしなかった。まあ、年相応に恋人らしいことはしたけれど。デートとか手を繋いだりとか。

「突然、どうしたの?」
「だからヤりたいだけだって」
「らしくないよ」
「お前に何がわかんだよ」
「わかるよ」

 だって、ずっと見てたんだもん。素直じゃなくて、可愛くなくて、でも優しい狩屋を。私は知ってる。他の誰も知らなくても、私は知ってる。

「狩屋は意味なくこんなことしないよ」
「……どうしてそんなこと言えんだよ」
「ずっと側にいたから」

 明確にこれ、って言えるだけの要素は無いから、有り体に言うと、勘とかになっちゃうけど。
 狩屋が私を見下ろす。さっきから変わらない体勢だけど、瞳が纏う色は変わった。重い空気が流れる。それを壊したのは、他でもない狩屋だった。

「お前には敵わないって、つくづく思う」

 頭の両側にあった手が無くなると同時に、自分の右側が沈んだ。狩屋が私と同じ体勢で寝転んでいた。

「…いいの?」
「したいの?」
「やだよ初めてが学校とか」

 溜息をついて、目を閉じる一連の動作をじっと見つめる。それに気付いた狩屋が目線だけ寄越した。

「あんま見んな」
「なんで?」
「なんで、って…」

 顔には思いっきり恥ずかしいと書いてあったけど、わざと訊ねたら思いきり顔をしかめられた。だから見んなってんだろ、手がのびてきて、強引に反対側向かせられた。ほんとかわいくない、そういうところがかわいいんだけど。

「そんな急がなくてもいいんじゃない?」

 狩屋が驚いたのがわかった。気配で。頭を固定していた手が外れたので、狩屋の方を向く。バツが悪そうな表情だった。

「……なんで」
「いや、理由があるわけじゃないけど」

 なんか、気が急いてるなと思って。思ったことを率直に告げた。狩屋は驚いたように目を見開いた後、やっぱ敵わない、とこぼした。
 体どうにかすれば他が成長出来るってわけじゃ無いからね。ずばり確信を突く言葉を口に出そうとして止めた。そんなのきっともうわかってる。

「オレかっこわる」
「否定はしない」
「そこはしろよ」

 不貞腐れたように呟かれた言葉は無視した。でも、だって、そんなところも含めて好きなんだよ。告げればきっとまた照れ隠しされるだろうから、言わなかったけれど。
 ゆっくりいこうよ。なんとなく口から出た言葉だったけど、狩屋も反対ではないらしく、黙って私の手を握った。



【境界線上に立つ】



大人様へ提出。
 実はテイクツー。前バージョンも載せます、殆ど書き上がってるようなものなので←


 20111203 ayako,i

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