「たーいーちーくーん!」

 遠くの方、背後から聞こえてくる声に、三国はあからさまに身を固めた。振り向かなくてもわかる、この声は。

「一ノ瀬さんだ」
「久しぶりに見たな」

 神童と霧野の声に、やっぱりと溜息をついた。諦めて振り向くと、もうすぐそこまで来ている。

「みんな元気?」
「それなりには」
「色々大変みたいだね」

 苦笑を浮かべる彼女は、雷門サッカー部の現状を知っているようだった。彩子の対応をしていた神童が申し訳なさそうな顔をする。

「心配をかけてしまって」
「あー違うよ、まぁ心配は心配だけど、そんな顔してほしい訳じゃないんだ」

 少し考える素振りをみせて、うん、と頷く。

「私は、応援するくらいしか出来ないけど。出来ることがあれば遠慮なく言ってね」

 がんばれ、笑顔で言った彼女に、神童は嬉しそうに礼を言った。

「あのー…」

 そんな光景を横目に、徐々に遠ざかるように距離を置く三国。そこに天馬が声をかけた。

「あの人、先輩方のお知り合いですか?」
「一ノ瀬彩子さん。俺たちが1年の頃の3年生で、元マネージャーだ」

 答えたのは三国ではなく、霧野だった。問われた三国は居心地の悪そうな顔をしている。

「卒業式後もよく様子を見に来てくれていたんだ。4月になってから来るのは初めてだけど」
「へぇ、卒業生なんですね」
「一ノ瀬さんも、新生活でバタついてたんだろうな」

 ね、三国さん。また少し距離を置こうとしていた三国を引き留めるように話を振る霧野。

「お前わざとやって」
「あ、太一くん!」

 神童との話を終えたらしい彩子が向かってきて、そのまま三国に抱きついた。

「ちょっ」
「ええ!」

 動揺する三国に、驚いた声を上げる天馬。霧野に向かって何か問おうとしているが、うまく言葉にならないようだった。

「落ち着け、天馬」
「でででででもきりのせんぱいいいい」
「だから落ち着け、いつものことだから」
「ええ、いつも?!」

 もしかして三国先輩の彼女とか…伺がう天馬に、霧野が吹き出した。予想外の反応に慌てる天馬に、手で違うことをアピールする。

「いや、端から見ればそういう風に見えるんだって思って。当たり前の光景過ぎてなんか忘れてた」

 でもあれ、一ノ瀬さんが在学してるときからのお決まりみたいなもんで、ずっとあんな感じだから。その言葉に、はあ、と返す他無い天馬。しかし言われてみれば、他の上級生メンバーは見慣れた光景と言わんばかりで、たいして気にしていないように見える。

「ほら離してください! 後輩が驚いてるじゃないですか!」

 三国は真っ赤になりながら彩子を引き離そうとするが、びくともしない。むしろ力を強めてくる。

「なぁに太一くん、照れてるの?」
「だから…っ、そういう事するのは二人でいるときだけにしてくださいって言ってるでしょう!」

 その場を沈黙が包んだ。天馬、神童、霧野以外の、その場の流れを気に止めていなかった面々も、動きを止めて二人を見る。
 にやにや笑う彩子。少しの間目を瞬かせた三国だったが、自分の発言に気付いた。

「あっ…いや、その」
「二人きりのときならいいんだ?」

 あくどい笑みを浮かべる彩子に、三国はようやく自分が嵌められたと気付いた。

「いつの間に?!」
「絶対本当にくっつくことは無いと思ってたのに…」

 全員が自分がやっていた練習を止め、その場に集まって好き勝手言い始める。ああ、ええと、としどろもどとになる三国に比べ、彩子はただにっこり笑うだけ。これは三国を押した方が早い、それを察知した面々は、矢継ぎ早に質問を投げ掛ける。

「で、いつからなんだ!」
「いままであれだけ押されても何もなかったのに!」
「そのあたり詳しく!」
「お前らちょっと落ち着け!」

 似たような言葉を繰り返してくるチームメイトに、思わず叫ぶ三国。しかしその言葉も効果がなく、むしろ煽るだけになってしまう。

「みんな仲良いよねぇ」

 不意にかけられた言葉に、少し離れた所でその様子を見ていた剣城は目を見開いた。渦中の人物であるはずの彩子が隣に立っていたのだ。

「良いんですか、こんなところに居て」
「いーのいーの、どうせみんな私に聞いても口割らないって知ってるよ」

 カラカラと笑った彩子を横目に、剣城はもう一度彼らを見る。

「良いチームだね、雷門は」

 感慨深げに呟く彩子。剣城は視線をそのままに、そうですね、とだけ返す。

「みんなが、サッカーとちゃんと向き合える環境が出来て…本当に、良かった」

 ついと、彩子に目を向ける。どうしてそんなに泣きそうな顔をしているんですか、問おうとした言葉は少し離れた場所から掛けられた声に遮られた。

「一ノ瀬さん、取り敢えず今日はもう帰ってください。これじゃあ練習にならない…!」

 どうにか質問攻めから逃れたらしい三国が、言いながらこちらにやってくる。えー、と口では文句を言っているものの、彩子もこれ以上長居するつもりは無いらしい。

「しょうがないなぁ、今日は取り敢えず帰るよ」
「そうしてください」

 またくるねー、と後輩全員に聞こえるように声を張ると、隣にいた剣城と三国以外はそれに応えた。

「じゃあ、剣城くんもまたね」
「あ、はい…」

 気を付けて帰ってくださいよ、子供じゃないんだから大丈夫だよ、二人のやりとりを横目に見ながら天馬たちの方へ足を進める剣城。その背を見ながら、彩子が呟いた。

「ちゃんと、フィフスセクターとは離別できたんだね、あの子」
「――はい」

 そっか、じゃあ帰ろうかな。笑って言った彩子に、肯定を返す。

「またくるよ」
「今度は騒ぎにならないようにしてください」
「それまでに色々説明しておいて」

 あっけらかんと告げるられ、若干脱力する三国。うそうそ、冗談だよ。どこまで本気なのかわからない彩子に、思わず苦笑した。

「じゃあね」
「あ…あの!」

 その場を離れようと小走りで去ろうとした彩子を、三国は思い出したように呼び止める。

「今日は、好きなもの作るんで待っててもらえませんか。…彩子、さん」

 少し気恥ずかしげに、しかししっかり紡がれた自分の名前に、彩子は驚く。それから破顔して、返事を返した。

「もちろん、待ってる」




【続きは二人で】





 20111117 ayako,i

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