「う、わわ」

 曲がり角で出会い頭にぶつかりそうになった誰かが、声を出してよろめいた。驚いて俺も足を止める。見ると、相手はよく見知った人物だった。

「一ノ瀬じゃないか」
「風丸。ごめん大丈夫?」
「ああ、俺は平気だけど」

 良かった、と嘆息するのを見た後、不意に視線を下げてぎょっとする。

「おい、お前手!」
「え、ああ、まあ。うん」
「うんじゃないだろ!」

 購買で購入したであろうカップ麺を片手に、もう片方にルーズリーフやらなんやらを手にしている、ところまでは良いのだが。

「早く冷やせ!」

 どうやら、既にお湯を入れて移動していたらしい一ノ瀬は、さっきの拍子に手にお湯をひっかけたようだった。思わずカップ麺を引ったくって、近くにある手洗い場を指差す。

「いや、大したことないから」
「いいから早くしろ」

 カップ麺自体を俺が持ってしまっていることもあってか、一ノ瀬は素直に、しかし間延びした返事をしながらそちらに向かった。
 ややあって一ノ瀬が戻ってくる。ごめんありがとうと手を出してくるのでそれを返した。

「部室行くの?」
「ああ。一ノ瀬もか?」
「うん、そのつもり」

 じゃあ今日はヒロトも部室だな、無意識に考えてる。最初はどちらか、いやヒロトが過保護だったりするのかなと思ったものだけど、意外とそういう訳ではないらしい。むしろ、集団に入っている時は、二人とも意識してお互いの距離を置いているようにさえ感じた。
 まあ、二人のことだし、俺が口出しすることじゃないけど。一人ごちた瞬間、タイミングよく一ノ瀬が思い出したように声を上げた。

「そういえば、基山が風丸のこと探してたよ」
「え、何かあったのか?」
「さあ。でも昨日のマーケティング論のことじゃない? 毎回課題出るんでしょ?」
「あー、そういえば昨日来てなかったな、ヒロト」

 どうせ部室で会えるだろ、とこぼすと、そうだね、と返ってきた。

「なんかこう…」

 自分の心の内だけで思ったはずなのに、声に出ていたと気付いたのは、一ノ瀬が俺の顔をじっと見ていたからだった。

「え、なに?」

 続きは? 促されて、先を言って良いものかと迷う。言うと気分を悪くするんじゃないかと思った。

「いや、その…」

 なんとか他の話題を振ろうとしたが、既に続きを聞く気になっている一ノ瀬相手に通じる気がしなかった。諦めて言いかけた言葉を口に出す。

「なんか、ちゃんと付き合ってるんだなっていうか。夫婦だなって言うと言い過ぎだと思うんだけど、ちゃんとヒロトのことまで把握してるんだなって思って」
 
 ああー、と視線を遠くに投げる。若干考えるような素振りを見せて、一ノ瀬は可笑しそうに笑った。

「そうね、うん。そうだね。おかげさまで」

 まぁ面倒じゃないよ、小さく笑った横顔が何処か幸せそうに見えて、そうか、とだけ返す。
 そして、別に色恋沙汰にはそこまで興味がある訳じゃないけど、二人を見てると少しは羨ましいと感じた。



【小さく焦がれる】






☆初っ端で風丸に心配されたくて書いただけのお話。

 20111122 ayako,i




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