合宿所はどんちゃん騒ぎだった。
 FFI優勝。最初はみんな、漠然とした喜びしか感じられなかったみたいだけど、表彰式やらインタビューやらを受けるうちにその重みを感じ始めたようだった。
 すっかり日も落ちた頃、合宿所に戻ると、お祝いと言わんばかりの豪勢な食事が用意されていて、それを前にした瞬間タガが外れたらしい。一斉に騒ぎ出した。久遠監督は最初こそ軽く注意したものの、始めの音頭を取った後は薄い笑みを浮かべてその様子を見つめていた。
 そろそろ開始から二時間経とうとしているが、彼らの興奮はまだ冷めないらしい。FFI決勝戦から遡りながら語っていた試合の思い出は、ようやく予選大会の決勝にさしかかろうとしていた。私たちマネージャーも、少なくなっている飲み物を補充したり、空のお皿を下げて新しい料理と差し替えたりしながら話に加わる。
 普段は一人でいる印象が強い飛鷹や不動も、この場の空気が満更でもないようだった。最初こそ不安要素だったが、今では二人ともチームの為に居なくてはならない存在だ。
 本当に、みんなの力で掴み取った優勝。その事実が嬉しかった。私が特別何か行動を起こした訳ではないけれど、それでも。

 だけど、FFIが終わった今だからこそ、向き合わなければいけない問題が私にはあった。チラリと、誰にもバレないように視線を向けたはずなのに、バッチリ目が合ってしまう。慌てて目を反らすけど、その行為に意味がないことくらい自分が一番よくわかっていた。
 盛り上がる試合の話に紛れて、彼が動いたことがわかる会話が聞こえる。ああ、まだ、心の準備が。自分の鼓動ばかりが耳に届く気がする。いやでも、きっといつまで経っても準備なんて出来ないにきまってる。意を決して、私は席を立つ。

「彩子ちゃん?」
「ちょっとお手洗い」

 秋に席を立つ常套句を告げる。嘘なんだけど。ごめん、心の中で謝罪して、約束の場所へ向かった。




「来てくれないかと思った」

 どこか自嘲気味に笑った基山に、動揺した。あの、その、と意味のない言葉ばかりが口から出る。そんなことないよ、一言のはずなのに、中々口から出てはくれなかった。
 気まずさも相まって、視線が下がる。ついに自分の足しか見えなくなった時、基山が息をつくのを感じた。呆れられた、ギュッと目を瞑ったのと、基山の言葉が耳に届いたのは殆ど同時だった。

「ちょっと行きたいところがあるんだ。付き合ってもらっていい?」
「…へ?」

 顔をあげてぽかんとする私を見て、今度は少し可笑しそうに笑った。あっち、と行き先を示して先に歩き出した基山を慌てて追う。
 このあたりには何もなかった気がするけど。周辺の地理を思い出しても、やっぱり何かあった気はしない。少し荒れた遊歩道を抜けると、小高い丘があったくらい。
 申し訳程度に灯る街頭を頼りに、足場の悪い道を行く。

「わっ、」

 何かに躓く感覚。木の根かなにかだろうか。転ぶ、衝撃に備えたが予想した痛みはやってこない。

「大丈夫?」
「あ、…うん」

 基山が、支えてくれていた。半歩ほど前を歩いてはいたけれど、意図して支えてくたというよりも、振り向いたら私が倒れてきたのだろう。
 吹雪ほどではないけど、いつも線が細いと思っていた。だけど触れてみると、意外と体つきはしっかりしていて。それがまた、これからはっきりさせないといけない事の内容を嫌でも自覚して、顔が熱くなった。暗がりで良かった。

「歩きづらいとこごめんね。もう少しのはずなんだけど」

 今度は私の手を取って歩き出す基山。気を付けて、と一言添えたから、本当に危ないからという理由…なんだと、思う。
 心拍数が上がる。歩いているせいだ。体温も。歩いているからだ。そんな、わたしばっかりがどきどきしているなんて、認めない。答える側の私ばかりが、こんな気持ちになるなんて。
 不意に風通りが良くなって、視界が開けた。

「う、わぁ」

 今までぐるぐる考えていたことも忘れて、思わず数歩駆けて、息を飲んだ。目の前に広がるのは、一面の星。そうか、この丘はこのためにあったのか。一人で納得しながら上から目が離せないでいたら、遅れて基山が隣に立った。

「ここ、島の中でも特に穴場なんだって」
「へぇ、誰かに聞いたの?」

 頭を戻して、うーん、と苦笑いする基山を見る。聞かない方が良かったのだろうか。

「吹雪くんが教えてくれたんだけど」
「ふうん、吹雪もよくこんなとこ知ってたね」
「女の子に聞いたらしいよ」

 それってもしかして逆ナン…。言いかけて有耶無耶にしたけど無駄だったらしく、笑って誤魔化された。吹雪に教えた子は吹雪と二人でここに来たかったろうに、アイツもつくづくヤな奴というか。

「ずるいことしたかな、思ってたんだ」
「なにが?」
「それを聞くの?」

 苦笑いを浮かべる基山を見て、あの日のことを言っているのかと理解する。

「お陰で私は大会中ずっと悩まされる羽目になった」
「反省してるよ」

 大して気持ちが入っているようには感じない言葉に、どうだか、と返す。基山はやっぱり苦笑いを浮かべた。
 ライオコット島に来てすぐの頃、だったはずだ。イギリス代表主催のパーティーに行った時だったから。
 あの時、私は少しでも初戦の対戦相手であるナイツオブクイーンの情報が欲しいこともあって、キャプテンのエドガーと話をしていた。女好きなのか天然なのかはわからないが、エドガーの若干過剰な言動をやりすごしつつ会話していると、基山が突然私の手を掴んだ。そしてそのまま基山に連れられて会場を出る。
 何が何だかわからない私は、連れられるままに足を進めていたが、不意に基山は足を止め、私と向き合い、肩を掴んできた。

『好きだ』

 真っ直ぐに目を見てたった一言。状況が掴めなくて瞬きを繰り返す私に、基山も冷静になったのか、一歩引きながら視線をさ迷わせる。私の肩の位置にあった手を頭の横までやって、所謂降参のポーズのまま、ああ、ええと、と口ごもりだした。最終的にはどうしようもなくなったのか、手だけすっと下げて視線は完全に反らされてしまう。
 先程の言葉を真剣にとって良いのか、私が問おうとした瞬間。タイミングを見計らったように、基山が口を開いた。

『大会が終わったら、答えを聞かせてほしい』

「何言ってるんだコイツって思った」
「あの時は俺も必死だったからさ」

 だって、と続けようとした基山が視線を上空に投げた。つられてその方向に目をやると、丁度星が流れた。

「流れ星!」
「そうか、流星群。そういえば今日くらいにピークになるって、出国前空港のニュースで見たな」

 流れる星に目を奪われ、小さく感嘆の息が漏れる。すごい、思わず呟いた言葉に基山が同意してくれた。

「ねえ一ノ瀬」
「ん?」

 名を呼ばれ、基山を見る。不意打ちに柔らかい笑顔を浮かべていたものだから、冷静なら予想できたかもしれない次の言葉に、また動揺することになる。

「好きだよ」
「なっ、」

 このタイミングで? かぁっと顔が熱くなって、それを知られたくなくて背を向けた。そんなことしなくてもこんなに暗いのだから顔色なんかわからないのに、気付いたのはもっと後だった。

「なんかもっとこう、こっちの準備とか」
「ほぼ本大会中丸々なんだから、長すぎるってくらいあげたよ。さっき自分で言ってたでしょ」
「こんなの見た後じゃ不意打ちすぎる!」

 そんなこと言われてもなぁ、とくすくすと笑う基山が恨めしい。だけど今の私は、とにかく自分の今の状態をどうにかするのに必死でそれに対して何か言う余裕はなかった。

「ほんとズルい…!」
「一ノ瀬は気づいてないかもしれないけど、俺だって余裕ないんだよ」

 こっち向いて。後ろからかけられた声に体が固まる。それでもどうにか、ゆっくりと振り向くと、思ったよりもかなり近い位置に基山が立っていた。

「きや、ま」
「言ったよね。俺も余裕無いって」

 一歩、さらに距離を詰めてくる基山。反射的に後ずさろうとするが、肩を掴まれてそれも叶わない。あの日と、同じ状況。

「好きだ」

 そして、あの日と同じ言葉。ただ、あの日とは違って、その一言を言った今でも、まっすぐに私を見ている。

「答え、きかせて」

 答えは決まってるはずなのに、いざお膳立てされると用意したはずの言葉が口から出ない。ああもう天邪鬼! 一人だったら頭掻きむしってた。身動きが取れなくて、更に気恥ずかしさがぶり返し、顔を伏せようとした。

「嫌なら抵抗しないと、知らないよ」

 それを止めるように頬に手が添えられる。肩にあったはずの手が片方、いつのまにか外れていた。近かった距離が、更に近くな、って。

「――っ!」

 ゼロになった、距離。思わず自分の唇を押さえた。

「これだけ我慢させたんだから、このくらい良いでしょ?」
「わっ、私が我慢させたみたいな言い方…!」
「あ、ばれた?」

 でも、嫌じゃないんでしょ? もう答えを知ってるみたいな顔で問われたから、素直に答えるのは癪に障った。でも、これだけもだもだしていたのは自分だということに気づいて、少し間を置いてから小さく頷く。

「俺、一ノ瀬のそういう素直じゃないところ可愛いと思う」
「茶化してるの」
「まさか」

 だって俺、エドカーに嫉妬してたんだ。思わずと間の抜けた声を出す私。基山は少し眉を下げて、バツが悪そうに頬を掻いた。

「だから言ったろ、必死だったって」
「それにしたって」
「しかも当の本人はひらすら目をぱちぱちさせるだけだし」
「そっ、だってあんな唐突に言われたって!」
「自分で設けた期間なのに、長すぎるって後から後悔して。早くFFIが終われば良いのにって、何度思ったことか」

 でも、嫌がってる訳じゃないかなって思って。やっぱり私の気持ちはバレバレだったようで、それが腑に落ちなくてわざと不貞腐れた顔をしてみせた。

「可愛いなぁ」
「うるさい」

 しまりのない顔して。本当は嬉しいけど、手のひらで転がされてる感が気に入らなくて、ツンとそっぽを向いた。

「ねえ彩子」

 唐突な名前呼びに胸が跳ねる。ああ本当に、一々タイミングが。

「キスしたい」
「さ、さっき無断でしたくせに…!」
「もう一回」
「外なんだけど…」
「誰も見てないよ」

 だめ? 小さく首を傾いだ彼の後ろで、また星が流れた。

「…星」
「ん?」
「星が見てるから、だめ」

 一瞬目を見開いたあと、盛大に吹き出された。

「もう、ほんと可愛いなぁ」

 自分で言っておいて今更恥ずかしくなる。少しおちょくってやろうと思っただけなのに私の方が恥ずかしいなんて不公平…!

「いまのなし…!」
「はいはい」

 そうは言っても口元はまだ笑ってる。なんだか悔しくなって、私は賭にでた。
 まだ緩む彼の頬を両手で固定して、少し背伸びして寸での所で目を閉じる――ともすれば、掠っただけとも取れる今の私の精一杯。

「それは反則」

 もとの距離に戻るより早く、抱きしめられたのだとわかった。頭だけ動かして伺うと、ちょっと前の私みたいな顔をしてた。

「ちょっと」
「ダメ、今見ないで」

 顔を見せないようにか、胸に私の頭を押し付けるように抱きしめるものだから、仕方なく頭を右向きにずらす。

「それは、…ズルいんじゃ、ない?」

 ヒロト。取って付けたように紡いだ名だったけど、回された腕の力が強くなった。ほんと可愛いすぎる、今までの中で一番近くで紡がれた『かわいい』の言葉は、これまでと違って悪い気はしなかった。
 回された腕の隙間から、星が流れたのが見えた。流れ星が消えるまでに三回願うと叶うというのは、本当なのだろうか。丁度また星が流れ、私の口は小さく願い事を紡ぐ。
 ずっとヒロトといれますように。




【星降る夜に】






星降る夜に様に提出した作品。
 お題見て、絶対これ書きたい! って応募しました← なんだか長々書いた感は否めませんが満足です…!
 実は書いてる間とある曲が頭の中でループしてました。星くらいしか共通点ないのですが←
 参加させていただきたいてありがとうございました!


 20111110 ayako,i

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