「せんせえ」
「ん?」

 振り向いた先生はわたしを抱き上げて、どうしたの、とやさしい声できいた。

「…ねむれないの、」

 おずおずと口にする。わたしが不眠症だと知ってからというもの、眠れない夜はいつも先生がついていてくれた。ここの施設にはもっと大変な子がいっぱいいるのに。眠れない子はわたしひとりじゃない、のに。
 それでも。
 後ろめたい気持ちを感じているわたしが、今夜も先生の部屋に来てしまうのは。

「そっか、」

 ふわりと微笑む先生の、じんわりとしみ込んでくるようなあたたかさが忘れられないからなのだと、思う。

「お薬は?もう、飲んだ?」
「ううん。まだ」

 お気に入りのピンクのパジャマの、ハートのかたちをしたポケットからお薬のシートを一回分とり出して見せると、先生は席を立って、かわりにわたしをそこへ座らせる。

「お水を持ってくるから、ここで待っていて」
「はぁい」

 ん、いい子。
 ぽんぽんと頭をなでて、先生は一階のキッチンに向かった。
 …いいお返事をすればこうやってやさしくさわってもらえるって、わかっているとばれたらどうしよう。こうやって先生のお仕事机の前で大人しく座りながら、いつも考えることだ。

(わたし、ほんとうは悪い子なのに)

 なんだか落ちつかなくって、どこを見ていたらいいのかわからなくなってじゅうたんをながめていると、先生がもどってきた。

「おまたせ。さ、飲んで」

 差し出されたコップを受け取って口にお水を含む。そうして丸いお薬をいくつか飲み干せば、先生がまた微笑んでくれた。

「お手洗いには行かなくって大丈夫かな?」
「はい、せんせい」

 お薬を飲んでしまったのだと思うと、少しねむくなってきたような気がしてきてわたしはあくびをこぼす。
 すると先生はお仕事机のスタンドライトを消して、めがねを外して、

「そう。じゃあ、先生と一緒に寝ようか」

 いつものせりふを言うのだ。

「…はい、」

 ベッドに入って。
 言われるがまま、先生が持ち上げてくれている上掛けにもぐりこむ。先生のにおいのする、先生のお布団。
 いちばん奥の、せなかが壁にぶつかりそうなところまでからだを進めると、わたしにつづいて先生もお布団の中に入ってくる。

「枕が足りないから、もう少しこっちへおいで」

 返事もしないうちに引寄せられて、先生の胸にぎゅっとされた。
 これも、いつもの“ギシキ”。よく眠れるようにって、そう先生は言った。

 先生のからだがあったかくってぎゅっとされるのがきもちよくって、わたしは先生の広い胸に顔をこすりつける。先生はくすぐったそうにくすくすわらって、ぎゅっとする力を強くした。

(…悪い子でごめんなさい、せんせい)

 ぎゅっと目を閉じる。
 前髪に息がかかる。
 カーテンの閉まった、暗いヒロト先生の部屋で、ヒロト先生のベッドで、ヒロト先生のおとなりで、ヒロト先生のくちびるが、わたしのおでこにあたって、とっても、ちいさなこえで。

「おやすみ、」

 彩子ちゃん。
 ためいきをつくときのようなぞわっとするおとが、わたしをよぶから。
 わたしは、もっともっと、先生を感じたくなるの。



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おやすみなさい☆
バイトがんばです><><><



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