ぼんやりとソファから起き上がると、目の前の時計はもう11時を回っていた。
慌てて起き上がり携帯電話を確認すると既にメールは来ていて、きっと自分はご飯の用意ができてすぐに眠ってしまったのだと理解する。
そう、此処は遠い親戚の姉さんのアパートで、僕は居候だ。役に立つことを何かしなくてはいけないと、僕は思っている。
毛布を剥いで軽く畳むともう次のメールが来ていた。”駅に着いたよ。今から帰ります”。簡潔に記された連絡事項、早足の僕でも15分かかる距離を、疲れた足を引き摺って帰宅する彼女は一体どのくらいかけて歩いてくるのだろう。

とりあえず、冷えてしまっている食事を温めることにしてキッチンに向かう。コンロの前に立って、ラタトゥイユの入った鍋を火にかけた。ぐつぐつと少し煮立たせてしまうと不格好にはなるが味はよく染みる。
二人分のトレイに食器を置いたところで、僕は自分のしている格好に気が付いた。
可愛いリボンのついた、水色と白の水玉のエプロン。姉さんのお気に入りのもの。
思春期の男が着けるにはあんまりだと思ったが、”気に入ったから二色とも買っちゃったんだけど、使い道が見つかってよかった”と嬉しそうに微笑む彼女を目の前にすると悪い気はしなくて数か月、諦めてしまって今に至る。

「あ」

バイブレータ機能がまたメールの受信を知らせた。あまり他人から連絡の来る方ではない僕のメールフォルダは寂しがりな姉さんの想いで占拠されている。
”今日のご飯はなに?士郎の作るものってなんでもおいしいから、今日も楽しみ!”。
”秘密。帰ったらのお楽しみだよ”
短く打って、送信ボタン。完了の画面を待たずに折り畳んでジーンズのポケットに仕舞った。

両親を亡くして、アツヤを亡くして。ずっと忘れていたあたたかみ。
こうして誰かを待って暮らす生活に、僕は慣れ始めている。

「…まずい、な」

離れられなくなる。
心臓が跳ねた、ところでインターホンが鳴った。姉さんだ。

「ただいまあー」

慌てて火を止めて玄関に向かえば、疲れた顔の姉さんがへにゃりと笑ってそこにいた。

「おかえりなさい。早かったね」

叩きに投げ出された荷物を受け取って言うと、困った顔で姉さんが溜息を吐く。

「ごめんね、今日もご飯待っててくれたの?疲れちゃうでしょ。先に食べててもいいのよ」
「ううん。僕が待っていたいだけだから、姉さんは気にしないで」
「でも…」

姉さんの言うことは嬉しいけれど、姉さんのことを想って作った食事なのだから一人より二人で食べたい。
優しい姉さんの気持ちを煙に巻くように、僕は悪戯に囁いた。

「…姉さんは本当に食いしん坊だなあ」
「っこら、もう!年上をからかうのはやめなさいっ…ほんとに心配して、」
「うん」

自分の外見については自覚がある。これで姉さんが捉まってくれるなら幾らでも使おう。
そうして、姉さんが僕のエゴに気付くまでは、こうして、こうやって、このままでいたい。
僕は姉さんの背中に腕をやって微笑んだ。

「大丈夫だよ、」

今日もお疲れ様、姉さん。






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