◆君となら、どこまでも甘くの続き
身動ぎする。なんとなく違和感を覚えながら、浅い場所を行き来していた意識が浮上してくる。
「起きた?」
うっすら目をあっけると、目の前にあったのはヒロトの顔だった。まだ完全に覚醒していない私に苦笑する。
「9時だよ。顔洗っておいで」
私の頭を一撫でしてから、キッチンへと向かうヒロト。横になったままその姿を見て、ややあってどうにか起き上がる。
どうやらここはヒロトの家らしい。なるほど、さっき違和感を感じた理由は、自分の家じゃなかったからか。
「一回帰る?」
「んー…どうしよ…」
洗面所に向かおうと立ち上がると、ヒロトが問うてきた。曖昧な返事をしながら、どうして自分がここで寝泊まりをしたのか考える。昨日なにしてたっけ? えーっと、サークル飲みがあって…二次会は、出た…?
のろのろ顔を洗う準備をしながらそこまで考えて、粗方のことを思い出す。一気に恥ずかしくなった。
「やっぱり、自覚があった訳じゃなかったんだ」
ここまでの様子を見ていたらしいヒロトの声が聞こえる。正解なだけに、言い返すに返せないわたしは、黙って洗面所のドアを閉めた。
「置いてった服無かったっけ?」
「ベッドの下。そのまま学校行く?」
「うん、そうする」
言われた場所から、以前来た時に置いていった服を取り出す。今着ている服はどうしよう、持っていくのはめんどくさいな。
「置いていってもいいけど?」
「じゃあそうする、今度取りにくる」
まあきっと、取りに来るって言いながら今日みたいに着て帰るんだろうな。この服を置いて帰った時も同じ会話をした気がする。
「彩子…着替えるなら向こうで着替えれば良かったのに」
その場で着替えを済ませてテーブル前で待機していた私を見て、朝食のトーストとハムエッグを乗せたお皿を持ったヒロト溜息をつかれる。
「他のところでやらないでよ」
「じゃああ逆に、ここ以外の何処でこんなことになるの?」
他意があった訳じゃない。ただ、ヒロトの言葉を受けて思ったことをそのまま返しただけだったのだけど。
「彩子は本当、俺を喜ばせるのが上手いよね」
「……は?」
「昨日といい、今といい」
なんだか幸せそうに笑ったヒロトに恥ずかしくなって、ぷいと視線を反らした。掘り下げても良かったけど、そうしたら私が更に恥ずかしい思いをするだけのような気がする。…昨日の事とか。
「いただきます!」
誤魔化すために、テーブルの上に乗せられた朝食に、家主よりも早く手をつけた。ヒロトは未だ笑みを浮かべながら、余裕げに、どうぞ、なんて勧めるものだから余計に腹が立つ。
「ヒロト」
「ん?」
ようやく朝食を手につけ始めたヒロトをチラリと見て、すぐに視線を反らす。目を見て言うには恥ずかしすぎた。
「その、…ありがとう」
全部を詳細に言えるほど素直じゃない私は、限りなくぼかしてその人ことを伝えた。一瞬の沈黙。ああもう、きっと彼は、驚いたあと破顔した。とびっきりしまりのない顔をしているに違いない。
「どういたしまして]
本人には言えない大好きな表情を、面と向かって見ることができないのは残念だけど、今は自分の表情を隠すのが先だった。
それに、私は知ってる。ヒロトがその表情を見せるのは、私の前だけだってことを。
【素敵な朝】
20111106 ayako,h