不意打ちの続き



 サークル飲み会が終わり、居酒屋を出てすぐのところで幹事が解散の音頭を取る。二次会へ行く者、帰宅路に着く者、店前で談笑する者。
 ついと視線を動かす。彩子のテンションは相変わらずのようで、やはり先程と同じく友人にもたれかかるようにくっついて、何か話していた。

「ヒロトはこのあとどうするんだ?」
「ん? ああ、そうだね」

 どうしよう。もう一度彩子に目をやる。別段なにか約束しているわけじゃないけど、このまま放っておくのは心配だし。かと言って、彼女は友人と歓談…と称して良いかは微妙なラインだが、話しているところに割ってはいるのも気が引ける。
 思考を巡らせたのは一瞬のはずなのに、声をかけてきた友人は、お前も苦労してるんだな、と肩をすくめた。そうだ、彼は自分たちの関係に気付いているんだ。俺が苦笑いを返した、その時だった。

「ヒロトくぅんー」
「わ、ちょっ?!」

 胸焼けしそうな甘ったるさを声に混ぜながら、俺の腕に絡みついてきた同学年の女の子。予想外の出来事に思わずギョッとする。

「二次会行こうよぉ」
「いや、俺は」

 視線で友人に助けを求める。空気が読める彼は、この状況を瞬時に理解して助けに回ってくれた。

「悪い、ヒロトは俺がちょっと誘ってて」

 話したいことがあってさ、と続いた言葉に、これで解放されるだろうと、思わず溜息をつく。

「えー、じゃあ一緒に行こうよぉ、二人ともくれば問題ないでしょー?」

 そうきたか。流石に彼もたじろいだ。そもそも見目整っている彼に助け舟を求めたのは間違えだったかもしれない、良く考えればこうなる展開は読めたハズなのに。
 彼女が俺に好意を持っていたのは知っていたけど、まさかこんな行動に出られるとは思わなかった。そしてどうやら、彼女の友人は彼に好意を持っているらしい。先ほどの言葉を受けて彼を誘いにかかっている。気は効くし優しい彼だが、押しには弱い。ただ曖昧に受け答えするだけだ。
 これが世に言う肉食系女子か…恐ろしい。

「ほらぁ、いこーよ」

 ぐい、と腕を引かれる。反応しきれなくて体が傾ぐ。
 これはまずい、このままじゃ連れて行かれる。とにかく手を離してもらわないと。

「いや、悪いんだけど」

 俺は行けないよ、と続けるはずだった言葉は、口から出なかった。捕まれている腕とは逆側から、ジャケットの裾を軽くひかれたからだ。相手を確認して、目を見張る。

「っ、一ノ瀬…」

 思わず名前を呼びそうになったのをどうにか堪える。
 俯き加減なこともあって、前髪に隠れた彩子の表情は殆ど見えなかった。だけど、わかる。
 今、絶対、不安で仕方がないって顔してる。

「ごめん、俺は行かないから」

 さっきから絡みついていた彼女の腕をやんわりほどきながら、はっきりそう言う。そして裾を握る彼女の手を掴む。彩子が目を見開いて、なにか言いかける。

「お疲れ様また明日!」

 早口でまくしたて、彩子を連れて歩を進める。なんだか色々呼び止められたりした気もするけど、聞こえなかったふりをした。

「ひろ、とっ」 少し行ったところで彩子に呼び止められた。息が上がってる。少し早足で歩かせすぎた。

「ごめんね、彩子」

 もう、何に対して謝ってるんだかは自分でもよくわからなかったけど、口からついて出る。なんとなく自分が居たたまれなくなって、繋いでいた手を離した。
 じっと俺を見る彩子。目を反らそうとしたけど、あまりにまっすぐに見つめてくるものだから、それが出来なくなる


「…かえる」
「え?」
「いえ、かえる」

 唐突に彩子の口から出てきた言葉を理解するよりも早く、放していた手を捕まれた。そして状況を理解したときには、彩子は俺の手を引いて足は彼女の家に向いていた。

「えっ、何どういう事?!」

 不意をつかれたせいで 、抵抗する間もなく彩子について行く形になる。

「いえかえるのー!」
「ああもう…うん、わかったから、取り敢えず送っていくから」

 溜息混じりに返したら、彩子がぴたりと足を止めた。しまった、あからさまに雑な対応したのがバレたのだろうか。相手は酔っぱらいだから、そんな細かい行動には気付かないと思ったのだけど。
 じと、という表現が適しているであろう目付きで俺を見てくる彩子。完全に目が座っている。

「…やだ」
「え、」
「いっしょに、いて」

 手を掴んでいない方の手で、俺の服の裾を握ってきた。行動もだが、言葉の意味も瞬時に理解できなくて、少しの間体が硬直した。
 それから、彩子が言ったことの意味を理解して、顔が一気に赤くなるのっを感じた。

「ちょっと、ストップ」

 彩子の手を軽く押し返して、顔を反らす。ああもう、きっと今の俺は、俺たちの関係を知っている人が見たら指を指して笑うような顔をしているに違いない。


「…もしかして、寂しかったとか?」
 俺が、他の女の子といたから。状況を思いおこして、他に思い当たる節が無かったから、カマをかけるのと、不意打ちにかわいいことをしてくるものだから、少し意地悪をしようとしてわざとそんな質問をした。なのに、彩子はあっさり頷いてしまうものだから、むしろ俺が落ち着かない羽目になる。
 どうしてくれよう、この殺人的にかわいい生き物は。

「ほんとズルいよね、彩子は」

 意味がわからない、という表情で小首を傾げるものだから、思わず笑ってしまった。敵わないなぁ。

「じゃあ、行こっか」

 改めて彩子の手を取り歩く。ねえ、と小さく呼び止められた。

「いえ、こっちじゃない」
「合ってるよ」

 俺の家はこっちだから。
 彩子は目を見開いたあと、嬉しそうに腕を絡めてきた。少し前に同じような状態になっていたはずなのに、どうして今回はこうも嬉しい気持ちになるんだろうな。ちらりと彼女を見る。
 わかっている。彩子だから、だ。


【君となら、どこまでも甘く】




☆あとからヒロトの友人はこの人にしようっていうのが出来たけど、結局名前は出さなかったという。

 20111103 ayako,i

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