思ったより遅くなったと、時計を見てため息をつく。ゼミのグループ課題の打ち合わせだったが、なんだかんだでこんな時間になってしまった。ようやくキリがついて解散し、学校の最寄り駅で友人と分かれた彩子は、そこから大体徒歩20分程の距離にある自宅に足を向けようとしていた。
 そういえば、冷蔵庫には何もなかった気がする。確認すると、短針はもう直ぐ本日二度目の10を指そうとしていた。
 予定変更、何か買って帰ろうと、この場から一番近いコンビニに足を向けた。

 通い慣れた店内だけに、目当てのコーナーには直ぐたどり着く。並んだ品を端から見ていく。耳にさしたイヤホンから流れるのは、今の雰囲気にはそぐわない失恋の曲だった。
 おにぎり、サンドイッチと目をやり、ふと目線を陳列棚から反らす。少し離れた場所に居たのは、見知った男女二人だった。

 目が合った彼に、殆ど反射的に手を振る。彼女は背を向けていた為、彩子の存在には気付いていなかった。不自然に目を見開いた彼に声をかけたのか、彼は彼女に何か言う。彼女が振り向いたのと、彩子が二人に背を向け、出入り口の自動ドアに向かったのは殆ど同時だった。

 ――叶わないと知っていても、思い続けていいですか
 店を出て止まらずに歩を進める。その間、大サビに入ったバラードは、繰り返し紡がれていた歌詞をより感情的に唄う。今の自分を唄うようで惨めだ、と思うより先に、結局晩ご飯を買い損ねた、という考えが頭を過ぎる。心が考えることを拒否したのかもしれない。
 インスタントくらいならあったはず、早く帰ろう――先程の光景を遮るように、走りだそうとしたときだった。

「ま、って」 右手首を掴まれ、体の動きを止める。振り向くとそこに立っていたのは、彼だった。

「なんで…」
「それは、そっくりそのまま返すよ」

 なんで出てったの? イヤホン越しのはずなのに、その声ははっきり聞こえた。やんわりと掴まれた手を解き、イヤホンを外す。彼の息が、微かに乱れていた。

「わざわざ、走ってまで追いかけてきたの?」
「まぁ、ね」

 歯切れ悪い返事の裏を読む余裕など、今の彩子にはなかった。ただ、自分を見る、射抜くような目に、何も言えなくなる。

「なんで出てったの?」

 繰り返される質問。バツが悪くなり、ついと視線を反らす。
 何かを察したのか、彼が口を開いた。

「一之瀬くんもいたって、知ってた?」
「……え?」

 告げられた言葉は、彩子にとってあまりに予想外で、先程までの気まずさも忘れて思わず彼を見る。やっぱり、と苦く笑いながら零す彼は、彩子の勘違いを予想していたようだった。

「いやだって、一之瀬なんて」
「いたんだよ。お菓子コーナーの方に」

 確かに、彩子の目当てが入り口を真っ直ぐ、ほぼ突き当たりだったのに対して、お菓子コーナーは店内中央あたりの棚に陳列されている。自分の目的のためにそこだけを目指していたのだから。

「で、でも」

 例え一之瀬がいたとしても、二人がお似合いに見えた。並んで立つ、ヒロトと秋が。自分がそこに入るなどおこがましいと、感じてしまったのだ。
 そうでなくても、最近二人で話している姿をよく見かけた。そのたびに、なんとも言い難い感情が胸の内を支配するのだ。
 お前にヒロトの隣は似合わない。そう言われているようで。

「…一ノ瀬」 反論を続けようとした彩子を、ヒロトが静かに制す。一瞬何か考えるような素振りを見せたが、それも束の間、真っ直ぐに彩子の目を見て言う。

「木野さんと一之瀬くんが付き合ってるって知ってる?」
「……は?」

 思わず間の抜けた声が出た彩子に、ヒロトは少し吹き出した。

「やっぱり知らなかったんだ」
「あ、うん全く…て、そうじゃなくて」

 本人らから伝えられていない重要事項をどうしてバラした。問おうとした言葉は、疑問を先読みしたヒロトの言葉に遮られる。

「俺は一ノ瀬が気になるよ」

 反射的に身を引いた彩子を、逃すまいと手を掴んで止めるヒロト。

「きや、ま」
「二人とはたまたまここで会っただけだよ。レポート書いてて学校出るのが遅くなって」

 そういえば、2・3日前にPCの調子が悪いと嘆いていたような気がする。結局すぐには直らなかったんだな、なんて場違いに考える。そして気付く。

 違う、私、現状からどうにか逃げたいんだ。
 ヒロトに思いを寄せていた自分が、なんだか惨めになって。ヒロトと秋の二人が並んでいるのを目の当たりにして、いたたまれなくなって。
 勘違いして、あの場を離れて、ヒロトが追いかけてきて、それで誤解を解くなんて、そんな流れは。

「そんなの、出来すぎてるよ…」
「この状態のこと?」

 すんなり頷くのも憚られて、ついと目を反らす。そんな、前から気にとめていたと言われても、受け入れられなかった。

「一ノ瀬は強情だなぁ」

 やや呆れたように、ヒロトが呟く。それと同時に、彩子の手を掴んだまま歩を進めだした。

「ちょっ」
「駅前のファミレス、24時間だったよね?」
「え、」
「俺、一ノ瀬のこともっとちゃんと知りたいからさ」

 行こう、と引かれるままにヒロトの後に続く彩子。ただぽかんとヒロトの後ろ姿を見ながら、どうにか足だけ動かす。
 こんな出来すぎた展開、そうか夢なのか。夢じゃないよ、ヒロトが返して、手に力を込めた。思っただけのつもりだったが、どうやら声に出ていたらしい。でも確かに、互いが接している部分から感じるぬくもりは、どう考えてもほんもの。



【二人で未来を描こう】



 耳から外しただけで止め損ねたMP3から、幸せな二人の今を歌う曲が奏でられているとは、彩子はおろか、率先して行くヒロトも考えはしなかった。





☆付き合い始める前の話。
 20011030 ayako,i

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