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 硬い物を噛み砕くガリガリという音を耳にして、バーナビーは目を覚ました。生温いまどろみの中、すぐ近くに感じる熱い体温と、そして忌々しい人工甘味料の香りがする。
 寝起きゆえに一層不明瞭になった視界は使いものにならない。不愉快な香りと耳にさわる音を頼りに手を伸ばして、隣にだらしなく寝そべっているであろう男の腕を掴んだ。
「ん、起きた?」
 二の腕に触れたひやりという感触に、やっとアンバーの瞳がバーナビーを捉えた。甘えるように身を寄せれば、それに応えるかのようにスマートな所作でキスが降ってくる。軽いタッチの、“おはよう”のキスだ。
 キスをするために伏せた瞼を持ち上げると、至近距離に迫った虎徹の表情がよく見える。優しげに垂れた目尻が更に下がって、彼の表情をより柔和で色気溢れるものにしていた。
「おじさん…」
 甘やかな空気に誘われるまま、バーナビーはもう一度キスを求めた。ツイと尖った虎徹の唇をチラリと舐めて、より官能的なキスをねだる。
「……ん」
 小さく開いた唇の隙間を埋めるように、虎徹のそれが合わさった。熱い口内に舌を忍ばせると、ジャリ、と細かい塊が舌に触れる。バーナビーが抵抗する間もなく、それを彼女の口に押し込めて、虎徹はさっさと唇を離してしまった。悔しいが、技巧的には虎徹の方がバーナビーよりもまだまだ上手のようだ。キスも、セックスも。
「あまいです…」
「うまい、の間違いだろ?」
 半ば無理やり押し付けられた飴玉はすっかり小さく細かくなっていた。それでも、嫌味なほどの甘ったるさは健在で、バーナビーは思わず眉をひそめる。
 口に残る欠片ごと、自分を苛んだイチゴ味を虎徹の口に押し付けるべく、バーナビーは再び首を傾けた。


「なあ」
 赤い欠片が何度かお互いの口の間を行き交った頃、虎徹が思い出したように口を開いた。湿り気を帯びてきた空気の中で突然声をかけられて、バーナビーは首を傾げる。
「なんで最近グラビア撮影ばっかしてんの?」
 虎徹の胸の奥、ずっとずっと気になっていたことを問うた。
 そう問えば返ってくる答えは分かっているけれど。
「?仕事だからです」
 ほらみろやっぱり。
 根っからの仕事人間であるバーナビーが返す返事なんて予想できるのに。それでもやっぱり問うてしまった。虎徹だって限界だったのだ。
 可愛いかわいい恋人の肌が衆人の目に晒されるなんて、やっぱり面白くない。甘ったるい笑顔を振りまく彼女が掲載された雑誌を購入する男たちなんて、バーナビーの目に留まるはずがない。だって彼女は俺にメロメロなのだから。そう思ってもやっぱり面白くなかった。
 できることならこのままうちから出してしまいたくないのだ。明日が来て、明日の夜が来て、明後日が来て、1ヶ月、半年、1年…彼女の名と顔を世間が忘れるまで、この古くて狭いアパートに閉じ込めてしまいたい。
「……おじさんでもヤキモチ妬くんですね」
 虎徹の険しい表情を読み取ってか、的確な言葉が飛んできた。
「……………ああそうだよ。悪いか?鬱陶しいだろ?」
 本当はバーナビーが俺に惚れているだなんて、そんな自信は全くないのだ。
 コンビを組んで1年以上。「恋人」と呼べるようになって半年以上。何回キスをして、何回肌を合わせたって自信なんか持てやしない。一回りも年が違って、下手な女優やモデルよりも遥かに美人な彼女がまさか俺の恋人だなんて、今でも夢じゃないかと思ってしまうくらいだ。
 バーナビーに惚れているのは、間違いなく俺の方だ。こんなおじさんが、自分に釣り合わない美人に惚れに惚れぬいて、メロメロになっている。
「…情けねぇよなぁ」
 自嘲ぎみに笑んで、最後の欠片を噛み砕いた。ガリ、と耳触りな音が狭いロフトに響く。
「うれしいです」
 すっかり沈んでしまった虎徹に対しては眩しすぎる声が届いた。にわかには信じられずに、隣に寝ころぶ恋人を見れば花が綻ぶように柔らかい笑みを浮かべていた。
 言葉にせずとも「幸せ」と聞こえてきそうなその表情が、虎徹の寂寥感を徐々に埋めていく。
「だって…かっこ悪いだろ。おじさんだし。」
 ネガティブな言葉しか零さない唇を、バーナビーのそれが塞いだ。ちゅっと愛らしい音をたてて離れていく唇は、今度は拗ねたように突き出ていて、何をとっても完璧な恋人は、拗ねたような、ちょっと間の抜けた、そんな表情さえ美しい。
 整った柳眉の間を狭めたバーナビーが口を開いた。
「虎徹さんがおじさんだって、情けなくたって、鬱陶しくたって、僕から見てかっこいいから、いいんです」
 半ば、というか殆ど投げつけるように言って、バーナビーはシーツの中に隠れてしまった。
 残された虎徹は、自分の頬がみるみるうちに赤くなるのを感じて、嬉しさを顔いっぱいに滲ませた。
 だらしなく緩んだ表情を恋人が見たら、今度こそ自分を「情けない」と思うだろうか。いや、情けない所も全部ひっくるめて、彼女は俺を好いてくれているのだ。そう、彼女の唇がはっきりと告げていた。
「バニーちゃあん」
「もう寝ましたっ」
 こんもりと盛り上がったシーツに声をかけると、そっけない返事が返ってきた。でも今なら弱気になることはない。
 シーツの端を掴んで、自分の体を滑り込ませる。ぎゅっと腕に抱いた恋人の顔は自分と同じくらい真っ赤で、長く伸びた睫毛がふるふると震えていた。「愛しいなあ」と素直に感じて、引き寄せられるまま彼女の唇に吸いついた。そうして自分も目を閉じる。自分を強くしてくれる呪文を持った恋人を、しっかりと腕に抱いて。



 程なくして虎徹の寝息がシーツの中を満たした。
 それを待っていたかのように、眠っているはずのバーナビーの唇が、綺麗な弧を描いた。

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