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 枕に顔を埋めて、バーナビーはほっとため息をつく。汗や唾液やそのほかの体液でべとべとになった身体が気持ち悪いな、シャワーを浴びようかとうだうだしていると虎徹が戻ってきた。
 緑色の瓶やタンブラーグラス、果物などを載せたトレイをナイトテーブルへ置き、ベッドへ腰かける。スプリングがぎしっと軋む。氷の入ったタンブラーに炭酸水を注いで飲んでいるのが目に映った。
「飲む?」
 目の前に差し出されたので、起きあがって素直に受け取る。よく冷えた炭酸水が喉を刺激して滑り落ちていく。思いの外のどが渇いていたようで、一気に飲み干した。礼を言いつつ、空になったグラスを虎徹に渡す。
 人心地ついて虎徹を見ると、林檎の皮をナイフで剥いていた。カーブに沿ってするすると刃を滑らせていく。つながった紅い皮が弧を描いて黒いトレイへ撓んでいくのが面白くて、背後から覗きこむ。
 濡らしたタオルの上で六等分した一つを手にした虎徹が振り向いて、ん、と促すので、バーナビーは顎を上げて、あ、と口を開けた。
「雛鳥みたいだな」
 苦笑してバーナビーの口へ林檎を入れる。しゃくっと噛むと、瑞々しい特有の香りがバーナビーの鼻腔へと抜けた。少し固めだが、蜜が入っていて甘い。咀嚼して飲みこむ。
 再び差し出されたそれを同じように口で受け取り、バーナビーはベッドへごろりと仰向けに倒れた。もぐもぐと頬を動かしながら横を見ると、虎徹も水分を摂っていた。飲み干した挙句、上を向いてタンブラーグラスを振る。落ちてきた氷をがりがりと噛みながら、タンブラーをテーブルに置くとバーナビーの身体を膝立ちで跨ぎ、腰を屈めて唇を重ねた。
 何度か触れ合うだけのキスをしたのち、バーナビーが薄く唇を開けて誘う。応じて虎徹も角度を深くして口づけると、密かに含んでいた氷をバーナビーの口腔へ舌で押しこんだ。
 バーナビーが驚きに目を見開くのを目の端で楽しんで、虎徹はそのまま口で口を封じる。氷はバーナビーの舌先を転がり、体熱で徐々に溶け、やがて水となって喉へ流れていった。
「冷たい」
 キスを解いたバーナビーが頭上の男を睨みつける。虎徹は笑いながら腕を伸ばすと、もう一つのグラスを取り上げた。
「そういや、昔の映画でこんなのあったなあ」
 そう言ってその中へ指をつっこむ。カラカラと音をさせて氷を一つ取り出すと、おもむろにバーナビーの胸へ乗せた。
「うぅっ」
 冷たさについ呻くが、虎徹は構わずにつまんだ指で滑らせる。間接照明のおぼろげな光を受けて、バーナビーの胸板に水の帯がてらてらと輝いた。
「ちょっと、やめてください」
 不快な感覚に肌を粟立てて抗議するが、腰の上にどっかり座りこまれ、たやすく腕を封じこまれてしまった。何度も求め合った後で体力を消耗した今は分が悪い。
「気持ちよくない?」
 言いながら、虎徹は角の取れた氷塊でバーナビーの乳首を責める。ほら立ってきたと言われて胸元を見ると、刺激にぷくりと励起したそれが目に映った。
「いっ、よくないですっ…!」
 恥ずかしさに頭を振った。ふうん、と生返事をした虎徹がもう片方も同様に氷でなぶる。
「はあっ!ちょ、ほんとやめて…!」
 敏感な先端がじんじんとしてきて、疼痛とも快感ともつかない感覚にバーナビーの息が荒くなった。虎徹は氷から指を離し、充血して色づく乳首をつまむとこりこりとこねくり回す。
「ひぅっ!…っ…あっ、は」
 完全な快感にバーナビーはなす術もなく呻いた。爪でかりかりと引っかかれ、押し潰すように強くつままれたかと思うと優しく揉まれる。
「うぅ…あっ!…ッ…くぅっ!」
 身をよじらせて快感を逃そうとしても、虎徹から施される愛撫を体は全て快楽へと変換してバーナビーを苛む。
いつしか両方の乳首を弄ばれ舐められ時おり咬まれて、身体がびくびくと跳ねた。
「こて…つ、さん!も…」
 覆いかぶさる虎徹の肩を押し返そうとした瞬間、身体が離れる。何事かと訝しがる暇もなく、手に取ったグラスをバーナビーの腹の上で逆さにした。溶け残っていた氷の破片と少量の水がざあっとぶちまけられる。
「ひあっ!」
 冷たさに硬直したバーナビーの上から、水や氷が滑り落ちてシーツへしみを作る。虎徹はすかさずなだらかな腹へ顔を寄せると犬のようにすすった。やわらかな皮膚へ音を立てて吸いつくと、鬱血した痕が点々と残る。
 わずかに残った氷をがりりと噛み砕きつつ顔を上げて、バーナビーの瞳を見つめた。
「おいひい」
 舌足らずな発音で言いざま、ごくんと飲み下してぺろりと唇を舐める。赤い舌のすき間から白い犬歯がのぞいた。妙に獣じみたその仕草を見て、これから虎徹に食われるのだと思うと、バーナビーの身体の芯が甘く疼いた。


「だからぁ、本当に悪かったって」
 事が終わり平身低頭の虎徹を前に、腕を組んだバーナビーはつんと顔を逸らした。
「人の身体に飲み物をかけるなんて、信じられません」
「別にコーラとかじゃないし、単なる水だからいいだろ」
 ぶつぶつと反論するのをぎろりと睨めつける。
「そういう問題じゃありません。それに氷を押しつけられたって冷たいだけで、ちっとも気持ちよくなんかありませんよ」
 その言葉に、さすがの虎徹も眉を上げる。
「あれ?その割にはバニーちゃん、結構よがって」
 揶揄する科白の続きは、氷よりも冷たいバーナビーの視線によって握りつぶされた。
「とにかく、食べ物や飲み物を粗末にするようなことはもうしないでくださいね」
「へいへい」

 数日後、「粗末にしなけりゃいいんだろ?全部食うから!」という虎徹の言葉とともに危うく生クリームをかけられそうになったバーナビーは、遠慮なく渾身の蹴りをお見舞いした。

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