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「よお、暇そうだな!!」
「…体はね」
隊舎が起動し始めた時間帯。
京楽が執務室のドアを背に行儀悪く椅子に座って窓を眺めていると、旧知の中の浮竹が元気そうにやって来た。
京楽は肩をすくめて、そんなつれない返事をした。
「なんだそれ」
「心は大忙しって話」
浮竹はそんな京楽の様子には構う事も無く、執務室のソファーに腰を下ろした。
がざがざ、と何かを広げる音がしたので、京楽は一つ溜め息をついて椅子から立ち上がって浮竹の向かい側のソファーに同じく腰を下ろした。
「俺は今、これに大忙しだ」
「なにこれ」
京楽は浮竹がキラキラした顔で差し出して来た小さい箱を上から覗いた。
「氷菓子」
箱の中には黄色い蝶々の形をした可愛らしい氷菓子が詰まっていた。
京楽がリサに言ってお茶をもってこさせ、菓子を美味しく味わう準備が整うと浮竹は氷菓子を一つつまんで口の中に放り込んだ。
「んー、美味いっ」
「…お菓子食べてるときと子供と遊んでる時が一番元気だね。
ずっとそうやって暮らしてれば臥せらない気がしてくるよ」
「菓子は時々食べるからうまいんだ」
「それはそうか」
そういえば、と浮竹はもう一つ箱を取り出し京楽に差し出した。
京楽はそれを受け取って、包みを開くと中から「酒粕饅頭」が出て来た。
「有難う」
「どういたしまして」
京楽は箱をテーブルの真ん中に置いて一つつまんで口に入れると、浮竹がじっとその様子を見てなにやら言いたげな顔をする。
京楽は口にものが入った状態で、とても喋れたものではない。
手で浮竹に「どうぞ」と示すと、浮竹はそれでも迷ったような顔をした後に口を開いた。
「お前、なに考えてるんだ?」
京楽は依然として饅頭が入ったままの口をもごもごと動かしながら眉尻を下げて、考えているような振る舞いをした。
お茶を飲んで、口の中がすっきりした所で口を開いた。
「なにが」
何かを考えている振りをしただけで、京楽はわざとそう言ってしらばっくれた。
すると、浮竹はあからさまに不満な顔を京楽にむけた。
「お前、こんだけ時間とって待たせておいてそれだけか」
浮竹は饅頭を一つ掴んで京楽に投げつけた。
間一髪、顔に饅頭が激突しそうになったが京楽は手で饅頭を掴んだ。
「ちょっと、顔に当たったらどうすんだい。
面白い絵になっちゃうじゃないの」
「お前ならよけれると思ってた」
「ちょ、言ってる事とやってる事おかしい」
信頼してるんだか、嫌がらせをしたいのか。
京楽は肩をすくめて、飛んできた饅頭を口に突っ込んだ。
「…浮竹。
僕たちには無くて、流魂街の住民にあるものって…何の差をつけたくて出来た違いなんだろうか」
「何が、」
「記憶。なんで…いや、何の為にあるんだろう、あの人達の記憶は」
「おまえ…」
京楽はもうひとつ饅頭を手に取ろうと、机に手を伸ばした。
しかし浮竹がムッとした顔つきをして、机の上にあった饅頭を自分の膝の上に乗せて、京楽から饅頭を遠ざけた。
「逃げるなよ。
今言っていた事はなんだ。
お前は何を考えている」
「別に逃げてない。何でも無いよ」
それより饅頭一つ頂戴、と京楽が浮き竹に向かって手の平を差し出した。
しかし、浮竹がびくともしなかったので、京楽は仕方なく手を引っ込めた。
ズルズル背をすべらせてソファーに行儀悪く座り、笠を目深になるように下ろした。
「お前は昔から俺みたいなのが考える所とはまた別の次元で何かを考えている時がある…。
だから、俺が幾ら考えてもお前には追い付かないかも知れないが、そんな顔をしている訳を教えてくれ」
京楽は以前として笠を目深に被ったままだったのに、浮竹は「そんな顔」と言った。
まるでどんな顔をしているのか、浮竹には透けて見えているのかのような言い方だった。
だからこそ京楽は大人しく口を開いた。
「さっきの事だよ」
「記憶云々という話か」
「そう。
これはきっと命題だと思う」
きっと答えがある。
けれども、この世界にはその答えが無い。
答えを出す理由が無かったのか、
はたまた出せなかったのか、
それとも…また別な理由のもと出さなかったのか。
京楽にはこれは命題だ、という確信があった。
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