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「隣座っても良い?」

「ええ、どうぞ」

名前はベンチの少し端に寄り、その隣に京楽は座った。

「ここには、良くくるの?」

「まあ…ごくまれにね。あなたは?」

「最近は良く来るかなあ…ここ、人居ないから居やすくってね」

「他の人には見えなくても、人目に付くのが好みじゃないのね」

「そう。変わってるでしょ」

「ほんとに」

淡々と話す名前とは対象的に京楽は飄々と答えを返した。
ただ淡々とでは有るけれども嫌々では無い様子を見ると、京楽は少し調子に乗った。
名前が抱えるように持っている物を指差した。

「ずっと気になってたんだけど、これは楽器なの?」

「そう。
 チェロって言うの」

「へえ…」

見た事も聞いた事も無いような口ぶりの京楽の反応に、名前は楽器を構えて、軽く音を出した。
品のある、低い音がした。
京楽の頭の中に思い浮かぶ、チェロに形が似たような楽器と言ったら三味線だった。
だから、思ったより低い音が意外だった。
しかも、三味線の様にすぐ響きが消える音ではなく、暫く体の芯に残るような響きをする。

「低い音でしょ。人の声に近い音域なの。
 だから、初めてでも割と聞きやすい馴染みのある音だと思う」

「確かに落ち着く音だね。いい音だ。
 少し形は違うけど、ぱっと見は三味線に似てるから高い音出るのかと思った。
 けど、こっちの方がいい音だ。
 僕はこの音、好きだな」

「ありがとう。そう言ってもらえるのが、一番嬉しい」

「お礼に一曲弾いてあげる」と言うと、名前はベンチに浅く座り、チェロを構え直した。
京楽もそれをみて、少し居住まいを正した。
名前は京楽の準備が終わるのを見計らって、深呼吸をしてからチェロを弾き始めた。

ゆったりとした音の流れ。
淡々とした口ぶりの名前とは打って変わった優しい雰囲気の曲。
そして、人気の無いこの広い空間に、心地よい風が吹いているこの瞬間は極上だった。
現世の人間は、こうして生きているのか。
京楽はつい、雰囲気に乗せられてそんな事も考えてしまう。

曲の終わりなのか、更に音がゆっくりとなり、弱くなり、そして音がとまった。

「最高だ。良いもの聞かせてもらったよ」

「よかった」

「図々しいとは思うけど、他にも聞きたいなあ」

「…随分嵌ったみたいね」

「ホント。もう、メロメロ」

「ふふっ…ホントに変な人ね、あなた。面白い」

京楽が戯けて言うと、名前はくすくすわらった。

「けど、今日は店じまい」

名前はチェロをケースに入れて、その大荷物を肩にかけた。
身長ほどもある大きさのケースは、見た目からして重そうで、細いその体の肩に慣れた様にひょいと担ぐ名前に少し拍子抜けした。

「私も、あなたとお喋りするの、楽しかった。
 何て言うか…あなたの声、チェロみたいに低いから喋ってて心地いいわ」

「それは、光栄だ」

「また、遭いましょう」

「ああ、またね」

京楽は名前と、それだけの会話をして別れた。
名前がふもとへと下る道へと消えてくその様子を、じっとみていた。




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